ビットコイン・インスティテュート

人物紹介

この形式(タイプ)のエントリーをまとめたページです。形式ごとに時代を追うと、ビットコインの黎明期にやり取りの仕方がどう移り変わったかが見えます。

69 件

人物紹介

ドー・クォン(1991–) — テラフォーム・ラボの共同創業者、400億ドル規模の詐欺で禁錮15年

ドー・クォン ↔ ダニエル・シン

ドー・クォンはテラフォーム・ラボを共同創業し、アルゴリズム型ステーブルコインTerraUSDを設計した。2022年5月の崩壊で約400億ドルが消え、2025年に禁錮15年の判決を受けた。

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ナジブ・ブケレ(1981–) — ビットコインを国の法定通貨にし、のちに受け入れの義務だけを目立たず廃止した

ナジブ・ブケレ

ナジブ・ブケレは家業からエルサルバドル大統領へと上り詰め、2021年にビットコインを法定通貨とした。2025年にはIMFの圧力で受け入れ義務条項を撤廃しつつ、保有は増え続けたと報告している。

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ステファン・トーマス — 何百万もの人にビットコインを伝え、自分の7,002枚には今も手が出せない

ステファン・トーマス ↔ ジェド・マケーレブ

ステファン・トーマスは初期のビットコイン解説動画とJSのツールを手がけ、リップルのCTOとなり、Interledgerを共同で考えた。2011年頃から、7,002 BTCを取り出せずにいる。

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マイケル・セイラー(1965–) — Strategy会長、信頼の要らない資産を、他人の信用を借りて買い集める

マイケル・セイラー

Strategy共同創業者。2000年にSECの不正会計の訴えで和解し、20年後、借金と株式市場の資金で、企業として最大のビットコインを集めた。信頼の要らない資産を、他人の信用を借りて買ったのである。

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ジェラルド・コットン(1988–2018) — QuadrigaCXの前に10年間ポンジ・スキームを続け、取引所の鍵を墓まで持っていった

ジェラルド・コットン

ジェラルド・コットンは10代からポンジ・スキームを運営し、2013年にQuadrigaCXを創業。何年も顧客を欺いたあと、2018年にインドで亡くなった。取引所の鍵は、彼一人しか持っていなかった。

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ティモシー・メイ(1951–2018) — サイファーパンクという名が生まれる4年前に「暗号無政府主義という妖怪」を書いた

ティモシー・メイ

ティモシー・メイは35歳で退職した元Intelの物理学者。1988年に暗号無政府主義者宣言を書き、1992年にサイファーパンクを共同創設、2018年に亡くなるまで、暗号資産の熱狂には懐疑的だった。

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ジェレミー・アレール(1971–) — Circle創業者、USDC、そして「国家に属さない貨幣」としてのビットコイン

ジェレミー・アレール

Circleを創業し2018年にUSDCを公開した起業家。規制を受けるドル連動通貨で最大のものを作りながら、ビットコインの価値は国家に属さないことにあると語り続けている。

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ジャクソン・パーマー — ドージコインを作り、その世界を去り、ビットコインを宗教と呼んだ

ジャクソン・パーマー ↔ ビリー・マーカス

アルトコインが次々に生まれるのをからかってdogecoin.comを取得した。2015年に暗号通貨の世界を離れ、2018年にビットコインを宗教のようだと言い、2021年には業界全体を公に否定した。

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ブラッド・ガーリングハウス(1971–) — リップルのCEO。ビットコインを「中国が支配」と呼び、のちに価値の保存では「強気」

ブラッド・ガーリングハウス

Yahoo・AOLを経て2015年にリップルへCOOとして入社、2016年にCEO就任。ビットコインを中国支配下と評しつつ、価値の保存手段としては強気だと語る。

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フラン・フィニー — ハル・フィニーの妻で、ハルが遺したものを今も守る人

Cryonics Magazine ↔ フラン・フィニー, ハル・フィニー

ハル・フィニー(サトシ以外で最初にビットコインを動かしたとされる人物)の妻。ビットコインが生まれたころを間近で見て、ALSと闘うハルを支え、ハルの死後はその遺したものを守ってきた。

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ハル・フィニー(1956–2014) — サイファーパンク、PGPの開発者、最初にビットコインを受け取った人

The Santa Barbara Independent ↔ ハル・フィニー

ハロルド・トーマス・フィニー2世(1956–2014)。Caltechで工学を学び、PGP 2.0を開発し、RPOWを作った。エクストロピアンで、冷凍保存を支持した。最初にビットコインを受け取った人。

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ジェイムソン・ロップ — 一本の電話で、自宅にSWATを差し向けられたセキュリティ研究者

ジェイムソン・ロップ ↔ サトシ・ナカモト, セルジオ・デミアン・ラーナー, ハル・フィニー

米国のエンジニア。2014年にStatoshiを作り、2017年に自宅へSWATを差し向けられた。2018年にCasaへ移って「Who Controls Bitcoin Core?」を書いた。

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リカルド・スパーニ — モネロの主任メンテナーが語る、ビットコインの追跡されやすさと二つの増発バグ

リカルド・スパーニ

モネロを長く率いたメンテナー。ビットコインの透明性こそモネロの用途を生んだと述べ、2010年と2018年の増発のバグを、透明でも供給の監査は万全ではない証拠として挙げる。

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ロス・ウルブリヒト(1984–) — ビットコインでシルクロードを築き、終身刑2件を言い渡され、11年余り服役した

ロス・ウルブリヒト

ロス・ウルブリヒトは、ビットコインが闇市場で大規模に使われた最初の例であるシルクロードを作った。2015年に終身刑2件と懲役40年を言い渡され、2025年1月にトランプ大統領の恩赦を受けた。

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セルジオ・デミアン・ラーナー(1972–) — Patoshiマイニングパターンを発見したブロックチェーン研究者

セルジオ・デミアン・ラーナー ↔ サトシ・ナカモト

セルジオ・デミアン・ラーナー(1972–):アルゼンチンの暗号学者・ブロックチェーン研究者。Patoshi分析で約110万BTCを単一マイナー(サトシ)に紐付けた。

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チャールズ・ホスキンソン(1987–) — イーサリアムの初代CEOからカルダノの創設者へ、ビットコインへの評価は揺れ続けた

チャールズ・ホスキンソン ↔ ヴィタリック・ブテリン

イーサリアムの初代CEOで、カルダノの創設者。ビットコインへの評価は、「チューリング賞に値する」から「宗教であってエコシステムではない」まで揺れた。

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ヴィタリック・ブテリン (1994–) — Bitcoin Magazineを共同で創刊し、19歳でイーサリアムのホワイトペーパーを書いた

ヴィタリック・ブテリン

ロシア系カナダ人のプログラマー(1994年生)。2011年からビットコインに関わり、Bitcoin Magazineを共同で創刊し、2013年末にイーサリアムのホワイトペーパーを書いた。

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レン・サッサマン(1980–2011) — 匿名リメーラーMixmasterを開発した、サイファーパンクの暗号学者

レン・サッサマン

アメリカの暗号学者(1980〜2011年)。Mixmasterの開発を率い、KUルーヴェン大学の博士課程にいた。サトシの最後のメッセージから68日後に自ら命を絶ち、のちにサトシの正体の候補とされた。

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マレク・パラティヌス — ビットコイン初のマイニングプールを作り、シードフレーズの規格も共同で書いた人

マレク・パラティヌス ↔ パヴォル・ルスナク, アレナ・ヴラーノヴァー

2010年、マレク・パラティヌスがビットコイン初のマイニングプールを提案した。のちにStratumを設計し、Trezorを共同創業し、ほぼすべてのウォレットが使うシードの規格BIP-39を共著した。

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ジェド・マケーレブ(1975–) — マウントゴックスを作り、のちに採掘のいらないチェーンを二つ作った人

ジェド・マケーレブ

2010年にマウントゴックスを作り2011年に手放した後、XRPレジャーとステラを共同で作った人物。採掘なしで合意に至る設計を選んだ。二重支払いの問題が解けると思えたのは、論文を読んでからだと語る。

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マルティエン・ファン・ステーンベルゲン(1958–) — ビットコインの発行量に上限があるのかをサトシに尋ねたアジャイルコーチ

マルティエン・ファン・ステーンベルゲン

オランダのアジャイルコーチで、AardRockの創業者。P2P Researchのメーリングリストで質問し、サトシはそれに答えて、5週間前に公表していた2,100万枚の発行上限を改めて示した。

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ビル・フランツ — ビットコインの初期セキュリティ議論に参加したセキュリティコンサルタント

ビル・フランツ ↔ ハル・フィニー

Periwinkleのセキュリティコンサルタント。2009年1月の暗号学メーリングリストでビットコインを論じ、ボットネットに乗っ取られたマシンは最も安全な部類に入る、と皮肉った。

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ジョナサン・ソーンバーグ — ビットコインに初期の懸念を提起した天体物理学者

ジョナサン・ソーンバーグ ↔ サトシ・ナカモト

インディアナ大学の天体物理学者。2009年1月17日、暗号学メーリングリストで政府の規制とボットネットの悪用を心配する声を上げた。ビットコインへの筋の通った批判として、最も早いものの一つ。

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ダスティン・トランメル — リリース直後からビットコインのノードを動かした情報セキュリティ研究者

ダスティン・トランメル

テキサス州オースティンの情報セキュリティ研究者。リリース直後にビットコインを動かし、サトシから25 BTCを受け取った。知られているなかでも、ごく初期の個人どうしの送金である。

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レイ・ディリンジャー — ビットコインの公開リリース前にコードをレビューした暗号学者

レイ・ディリンジャー

コンピューター科学者(ハンドル名はbearとcryddit)。ハル・フィニーとともに、公開前にビットコインのソースコードをレビューした。1MBのブロックサイズの上限の成り立ちにかかわったと語る。

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ジェームズ・A・ドナルド — ビットコインのホワイトペーパーに最初に返信した暗号学者

ジェームズ・A・ドナルド ↔ ベンジャミン・ウォレス

暗号学者で、リバタリアンの論客。2008年11月2日、暗号学メーリングリストで、サトシの論文に最初に返信した。利用が広がっても仕組みが持ちこたえるのかと疑い、サトシから設計の大事な説明を引き出した。

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エリック・ヒューズ — 「コードを書く。それがサイファーパンクだ」と書いた、メーリングリストの創設者

エリック・ヒューズ

エリック・ヒューズは数学者。1992年にサイファーパンクを共同創設してメーリングリストを運営し、初期の匿名リメーラーを作り、1993年3月9日に『サイファーパンク宣言』を書いた。