ジェームズ・ハウエルズ — 無価値だった頃に採掘した7,500 BTCを、自分でごみに出した
ジェームズ・ハウエルズは2009年に趣味でビットコインを大量に採掘し、2013年に鍵を保管したハードドライブを紛失した。以来12年間、2度の敗訴を経てもなお取り戻せずにいる。
この形式(タイプ)のエントリーをまとめたページです。形式ごとに時代を追うと、ビットコインの黎明期にやり取りの仕方がどう移り変わったかが見えます。
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ジェームズ・ハウエルズは2009年に趣味でビットコインを大量に採掘し、2013年に鍵を保管したハードドライブを紛失した。以来12年間、2度の敗訴を経てもなお取り戻せずにいる。
サム・バンクマン=フリードはAlameda ResearchとFTXを創業。2023年に7罪状で有罪、2024年に禁錮25年、110億ドルの没収を宣告された。
ドー・クォンはテラフォーム・ラボを共同創業し、アルゴリズム型ステーブルコインTerraUSDを設計した。2022年5月の崩壊で約400億ドルが消え、2025年に禁錮15年の判決を受けた。
ナジブ・ブケレは家業からエルサルバドル大統領へと上り詰め、2021年にビットコインを法定通貨とした。2025年にはIMFの圧力で受け入れ義務条項を撤廃しつつ、保有は増え続けたと報告している。
Cobra(Cøbra):サトシが2008年に登録したbitcoin.orgの匿名運営者。身元を明かさないために、著作権訴訟で欠席判決による敗訴を受け入れた。
ステファン・トーマスは初期のビットコイン解説動画とJSのツールを手がけ、リップルのCTOとなり、Interledgerを共同で考えた。2011年頃から、7,002 BTCを取り出せずにいる。
Strategy共同創業者。2000年にSECの不正会計の訴えで和解し、20年後、借金と株式市場の資金で、企業として最大のビットコインを集めた。信頼の要らない資産を、他人の信用を借りて買ったのである。
ジェラルド・コットンは10代からポンジ・スキームを運営し、2013年にQuadrigaCXを創業。何年も顧客を欺いたあと、2018年にインドで亡くなった。取引所の鍵は、彼一人しか持っていなかった。
ポール・カルダー・ルルー(1972–):E4M(TrueCrypt前身)開発者で、国際犯罪組織を率いた人物。2012年逮捕、2019年にラトリフがサトシ候補として論じた。
ティモシー・メイは35歳で退職した元Intelの物理学者。1988年に暗号無政府主義者宣言を書き、1992年にサイファーパンクを共同創設、2018年に亡くなるまで、暗号資産の熱狂には懐疑的だった。
Circleを創業し2018年にUSDCを公開した起業家。規制を受けるドル連動通貨で最大のものを作りながら、ビットコインの価値は国家に属さないことにあると語り続けている。
イーロン・マスク(1971–):テスラ・SpaceX創業者。2017年にあるブログでサトシと名指されたが、一週間以内に否定。ビットコインとの関わりはテスラの2021年購入とドージコイン。
2017年にProof of Historyの論文を書きソラナを作った技術者。ビットコインのプルーフ・オブ・ワークを傑作と呼び、資産としては保険以上の価値がないとも述べている。
クレイグ・スティーブン・ライト(1970–):2016年5月にサトシを名乗ったオーストラリアのコンピューター科学者。2024年3月、COPA対ライトの裁判で、英国高等法院が大規模な捏造を認定した。
2011年にBitcoin Coreに加わり、2014年にBlockstreamを共同創業した。BIP 152とFIBREのリレー網を作り、その後はChaincode Labs、Spiralへ移った。
アルトコインが次々に生まれるのをからかってdogecoin.comを取得した。2015年に暗号通貨の世界を離れ、2018年にビットコインを宗教のようだと言い、2021年には業界全体を公に否定した。
Yahoo・AOLを経て2015年にリップルへCOOとして入社、2016年にCEO就任。ビットコインを中国支配下と評しつつ、価値の保存手段としては強気だと語る。
フランス人エンジニア。Bitcoin ABC立ち上げ、2017年BCHハードフォーク主導、2020年にeCashへ分裂。
Cryonics Magazine ↔ フラン・フィニー, ハル・フィニー
ハル・フィニー(サトシ以外で最初にビットコインを動かしたとされる人物)の妻。ビットコインが生まれたころを間近で見て、ALSと闘うハルを支え、ハルの死後はその遺したものを守ってきた。
The Santa Barbara Independent ↔ ハル・フィニー
ハロルド・トーマス・フィニー2世(1956–2014)。Caltechで工学を学び、PGP 2.0を開発し、RPOWを作った。エクストロピアンで、冷凍保存を支持した。最初にビットコインを受け取った人。
ジェイムソン・ロップ ↔ サトシ・ナカモト, セルジオ・デミアン・ラーナー, ハル・フィニー
米国のエンジニア。2014年にStatoshiを作り、2017年に自宅へSWATを差し向けられた。2018年にCasaへ移って「Who Controls Bitcoin Core?」を書いた。
モネロを長く率いたメンテナー。ビットコインの透明性こそモネロの用途を生んだと述べ、2010年と2018年の増発のバグを、透明でも供給の監査は万全ではない証拠として挙げる。
ドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモト(1949–):テンプル市の日系米国人エンジニア。2014年にNewsweekが誤ってサトシと報じた。本人の否定後、コミュニティが67BTCを寄付。
マルク・カルプレスは2011年にMt.Goxを買収し、2014年の破綻まで経営した。2019年、横領は無罪、記録改ざんで有罪となり執行猶予付き判決を受けた。
アメリカのエンジニア。HTTP/2のもとになったSPDYを共著し、機関向けの保管を担うBitGoを共同創業した。ニューヨーク合意に署名し、2017年11月にSegWit2xを取りやめた。
ロス・ウルブリヒトは、ビットコインが闇市場で大規模に使われた最初の例であるシルクロードを作った。2015年に終身刑2件と懲役40年を言い渡され、2025年1月にトランプ大統領の恩赦を受けた。
日本の研究者・ソフトウェア開発者(1970-2013)。2002年にWinnyを公開し、2004〜2011年に著作権法違反幇助の罪で刑事裁判を受けた。日本語の議論では、サトシの候補として名前が挙がる。
セルジオ・デミアン・ラーナー(1972–):アルゼンチンの暗号学者・ブロックチェーン研究者。Patoshi分析で約110万BTCを単一マイナー(サトシ)に紐付けた。
長年のBitcoin Coreの貢献者で、Blockstreamの共同創業者。CoinJoinを考え、Confidential Transactionsとlibsecp256k1を共同で作った。
イーサリアムの初代CEOで、カルダノの創設者。ビットコインへの評価は、「チューリング賞に値する」から「宗教であってエコシステムではない」まで揺れた。
E-Loan・Prosperを経て2012年にXRPレジャーを作った会社を共同創業。2021年、ビットコインのプルーフ・オブ・ワークを業界が退けるべき技術だと語った。
開発者(luke-jr)。長くBitcoin Coreに貢献し、Bitcoin Knotsを保守し、2023年にOceanを共同で創った。2022年末、PGP鍵を乗っ取られ、350万ドル超を盗まれた。
2011年にWired誌でビットコイン最初期の特集を書いた記者。後に15年、サトシ・ナカモトの正体を追い、2025年に『The Mysterious Mr. Nakamoto』を発表した。
ライトコインを2011年に公開した元Google技術者。ビットコインを「もっとも健全な貨幣」と呼び続け、2017年に自身の保有を全て手放したと公表した。
ロシア系カナダ人のプログラマー(1994年生)。2011年からビットコインに関わり、Bitcoin Magazineを共同で創刊し、2013年末にイーサリアムのホワイトペーパーを書いた。
ビットコインの提案制度を定めたBIP 1の著者。libbitcoinとDark Walletを創設。2015年、シリアでYPGに加わりISISと戦い、拘束されたが起訴されなかった。
中国の起業家(1986年生)。2011年にビットコインのホワイトペーパーを中国語に訳し、2013年にBitmainを共同創業し、2017年には採掘の計算力を振り向けてBCHを支えた。
アメリカの暗号学者(1980〜2011年)。Mixmasterの開発を率い、KUルーヴェン大学の博士課程にいた。サトシの最後のメッセージから68日後に自ら命を絶ち、のちにサトシの正体の候補とされた。
起業家(1979年生)。Memory Dealersを創業し、初期のエンジェル投資家となり、bitcoin.comを運営してBCHを推した。2014年に米国籍を捨て、2024年にスペインで逮捕された。
ベルギーの技術者(sipa)。BIP-32、SegWit、Schnorr、Taprootの著者・共著者で、libsecp256k1の開発を始め、Blockstreamを共同創業した。
カナダの暗号学者、Bitcoin Core開発者。Replace-by-Feeを提唱し、OpenTimestampsを開発した。2024年にHBOがサトシの候補に挙げたが、本人は否定している。
マレク・パラティヌス ↔ パヴォル・ルスナク, アレナ・ヴラーノヴァー
2010年、マレク・パラティヌスがビットコイン初のマイニングプールを提案した。のちにStratumを設計し、Trezorを共同創業し、ほぼすべてのウォレットが使うシードの規格BIP-39を共著した。
オランダのソフトウェア開発者(laanwj)。bitcoin-qtを作り、2014年4月から2022年8月までBitcoin Coreのリードメンテナーを務め、2023年2月にマージ権限を返上した。
BitcoinTalkでbytemasterと名乗った米国の開発者。2010年半ば、オンチェーンの決済は少額の支払いには遅すぎると唱えた。BitShares・Steem・EOSはこの考えから生まれた。
2010年にマウントゴックスを作り2011年に手放した後、XRPレジャーとステラを共同で作った人物。採掘なしで合意に至る設計を選んだ。二重支払いの問題が解けると思えたのは、論文を読んでからだと語る。
Linuxカーネルの開発者(1974年生)。2010年7月にSlashdotでビットコインを知った。Bitcoin Coreでも指折りの貢献者で、cpuminerを作り、Bloqを共同設立した。
BitcoinTalkでlachesisと名乗った開発者。2010年、サトシに礼を言われたマイニングの計算機を作り、RPCの不具合を見つけ、ブロック74638の数字をINT64_MAXと見抜いた。
本名を明かさずにフォーラムに参加した、初期の利用者。2010年に最大級のノードを動かし、ブロックチェーンの写しを公開した。その写しが、バリュー・オーバーフロー事件の復旧パッチの出発点になった。
ソフトウェア開発者(1966年生)。Wasabi Softwareを創業し、Bitcoin Faucetを作った。サトシにプロジェクトを任され、2010年から2014年までリードメンテナーを務めた。
フロリダ州ジャクソンビルのソフトウェア開発者。ビットコインをmacOSに移植し、GPUマイニングの先駆けとなった。ビットコインで品物を買った、記録に残る最初の人(ピザ2枚に10,000 BTC)。
2010年からBitcoinTalkを管理するtheymos。Bitcoin Wikiも管理し、のちにr/Bitcoinのモデレーター。サトシが去る前にフォーラムを託され、2011年の移転を進めた。
ドイツの低温生物学者で、トランスヒューマニスト、サイファーパンク。2009年10月、bitcoin-listでサトシの投稿に返信し、Debian用のパッケージ(.deb)はまだかと尋ねた。
仮名の人物。2009年10月5日、電気代でビットコインとドルの最初のレート($1 = 1,309.03 BTC)を出した。マルミと初めてビットコインを法定通貨と交換し、通貨コード「BTC」を提案した。
フィンランドのソフトウェア開発者(1988-)。サトシと約260通のメールを交わし、bitcoin.orgを作り、Linuxへの移植を始め、ビットコインを初めて法定通貨で売った。
Googleのエンジニア(Maps、Earth、Gmailのスパム対策)。2009年4月にサトシに連絡し、初期の貢献者になった。BitcoinJを開発し、サトシとのメールを2017年に公開した。
オランダのアジャイルコーチで、AardRockの創業者。P2P Researchのメーリングリストで質問し、サトシはそれに答えて、5週間前に公表していた2,100万枚の発行上限を改めて示した。
ベルギーの政治理論家(1958-)で、P2P Foundationの創設者。2009年2月にP2P Researchのメーリングリストでサトシとやり取りし、ビットコインがもう使えるのかを尋ねた。
英国の商事弁護士で、電子商取引の政策のアドバイザー。2009年1月にbitcoin-listで、ビットコインを動かして起きた問題を報告し、サトシ・ナカモトから直接返事をもらった。
Periwinkleのセキュリティコンサルタント。2009年1月の暗号学メーリングリストでビットコインを論じ、ボットネットに乗っ取られたマシンは最も安全な部類に入る、と皮肉った。
インディアナ大学の天体物理学者。2009年1月17日、暗号学メーリングリストで政府の規制とボットネットの悪用を心配する声を上げた。ビットコインへの筋の通った批判として、最も早いものの一つ。
テキサス州オースティンの情報セキュリティ研究者。リリース直後にビットコインを動かし、サトシから25 BTCを受け取った。知られているなかでも、ごく初期の個人どうしの送金である。
コンピューター科学者(ハンドル名はbearとcryddit)。ハル・フィニーとともに、公開前にビットコインのソースコードをレビューした。1MBのブロックサイズの上限の成り立ちにかかわったと語る。
暗号学者で、リバタリアンの論客。2008年11月2日、暗号学メーリングリストで、サトシの論文に最初に返信した。利用が広がっても仕組みが持ちこたえるのかと疑い、サトシから設計の大事な説明を引き出した。
ビットコインのホワイトペーパー(2008年10月31日)を書き、ソフトウェアを作り、ジェネシスブロックを生成し、初期の開発を導いたのち、2011年4月に姿を消した正体の分からない人物(あるいは集団)。
コンピューター科学者・暗号学者。b-money(1998年)と、暗号のライブラリCrypto++を開発した。サトシはビットコインの論文を公開する前に、ダイにメールを送った。
英国の暗号学者・サイファーパンク(1970-)。Hashcashを発明(1997年)。記録上、サトシが最初に連絡した相手(2008年8月20日)。2014年にBlockstreamを共同設立。
コンピューター科学者・法学者・暗号学者(1964-)。Bit Gold(1998年)を構想し、「スマートコントラクト」という用語を考案した。
エリック・ヒューズは数学者。1992年にサイファーパンクを共同創設してメーリングリストを運営し、初期の匿名リメーラーを作り、1993年3月9日に『サイファーパンク宣言』を書いた。
デビッド・チャウムは1982年にブラインド署名を発明し、1990年にDigiCashを創業して、Bitcoinより前の匿名のデジタル通貨を作ったが、会社は1998年に破産した。