ジェイムソン・ロップ:ハル・フィニーはサトシ・ナカモトではあり得ない
ジェイムソン・ロップが、ハル=サトシは不可能と主張。2009年4月18日、サトシ活動時間帯にフィニーはサンタバーバラで10マイルレースを走っていた。
一本の電話でSWATチームを呼ばれたセキュリティ研究者

2017年10月17日、パトカーと移動指揮車、消防車が、ノースカロライナ州ダーラムの一軒家を取り囲んだ。人質立てこもり事件が起きていると、匿名の通報者が警察に伝えたからだ。人質はいなかった。その家は、ジェイムソン・ロップという、当時すでに3年近くBitGoでカストディソフトウェアの開発に携わっていたBitcoinインフラエンジニアの自宅だった。
通報者が誰で、なぜ通報したのか、ロップは最後まで知らなかった。彼はTwitter上でBitcoinのプロトコル論争に積極的に発言していたが、通報者はその論争にも、他の何にも一切触れていなかった。後に本人は、恨みによる単なる恐喝未遂だった可能性も否定できない、と語っている。はっきりしていたのは、このいたずらそのものの代償だった。
「たった一本の電話が、その脅威が本物かどうかを確かめるためだけに、数万ドルから時には数十万ドルもの公的資源を食いつぶしうる」
ロップはノースカロライナ大学チャペルヒル校でコンピューターサイエンスを学んだのち、2007年から2015年までの8年間、ノースカロライナ州ケーリーのメールマーケティング企業ブロント・ソフトウェアでウェブ開発者、続いてソフトウェアエンジニアとして働いた。Bitcoinのコードを一行も書く前の、ごくありふれたインフラ業務である。Bitcoinのプロトコルに関わり始めたのは2012年頃だった。
2014年5月7日、ロップはStatoshiを発表した。Bitcoin Coreを改造し、ピア数、メモリープールの挙動、ブロック中継の所要時間といった性能指標を、稼働中の1ノードの視点からリアルタイムに出力できるようにしたものである。ネットワーク上のノード数を数えること自体はすでに容易だったが、その各ノードが実際どれだけうまく動いているかを知る手立てはなかった。Statoshiはその欠落を埋めるツールとなり、ロップは以降もこれを保守している。
ロップが2015年にインフラエンジニアとして入社したBitGoは、マイク・ベルシーが2年前に共同創業したマルチシグ・カストディ企業である。2017年10月のSWAT出動の際も、彼はまだそこに在籍していた。その前年の2016年には、ジェレミー・ウェルチ、ニック・ノイマンとともにセルフカストディのセキュリティ企業Casaをすでに共同創業しており、最高セキュリティ責任者(CSO)を務めている。複数の端末・複数の場所へ鍵を分散させるというCasaの製品設計は、事実上、あのSWAT出動が露呈させたのと同じ脅威モデルへの技術的な回答になっている。攻撃者が狙うのは、物理であれデジタルであれ、単一障害点だからである。
2018年12月15日、ロップは「Who Controls Bitcoin Core?」を発表し、Bitcoin Coreのリポジトリへコードをマージできるのは誰かという、繰り返し議論されてきたこの論点自体がそもそも見当違いだと論じた。彼の言葉を借りれば、Bitcoin Coreは開発の焦点であって、指揮命令の所在地ではない。Bitcoinを支配する者はいないし、Bitcoin開発の焦点を支配する者もいない。ソフトウェアを動かすユーザーが、開発者の提案するどんな変更でも自由に拒める以上は、というのがその理由である。ロップが例に挙げたのが2017年のUASFである。より対立的なBIP 148案をCore自身が採用しなかった後、匿名の開発者がBitcoin CoreをフォークしてSegregated Witnessの起動を強制する「Bitcoin UASF」ソフトウェアを作った、あの出来事だ。実際にネットワークを動かしたのはメンテナーの拒否権ではなくフォークだった、というのがその実証である。
ロップは、モデルを立てて計算し、算術を検算するという自身のエンジニアとしての流儀を、アーカイブが扱うサトシをめぐる中心的な論点のうち2つにも向けている。2022年には、セルジオ・デミアン・ラーナーのPatoshiマイニングパターン研究を土台に、サトシの既知のマイニング機材がフル稼働していた場合の採掘量をモデル化し、実際の採掘量のおよそ2倍に達していたはずだと示した。これが「Was Satoshi a Greedy Miner?」分析の骨子である。2023年には、サンタバーバラで開催された10マイルレースにおけるハル・フィニーの所在記録を軸に、フィニーがサトシではありえないというタイムスタンプ単位の論証を組み立てた。これが「Hal Finney Was Not Satoshi Nakamoto」分析である。
ロップ自身の一件だけは、彼が自ら選んで書いたBitcoin史ではない。見知らぬ誰かの電話一本が、起きてもいない事件のために自宅へのSWAT出動という結末を招き、その理由は最後まで確定しなかった。StatoshiのダッシュボードやPatoshiの算術を生み出したのと同じ流儀、すなわち推測せず測るという流儀を、彼はそのまま、この種の単一障害点を過去のものにする会社へと転じさせた。2017年10月に自分の身に起きたことへの答えとして、それが十分に納得のいくものかどうかは、また別の疑問である。少なくとも、彼が最後まで手にした答えはそれだけだった。
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ジェイムソン・ロップ ↔ ハル・フィニー, サトシ・ナカモト, マイク・ハーン, マルッティ・マルミ, フラン・フィニー
ジェイムソン・ロップが、ハル=サトシは不可能と主張。2009年4月18日、サトシ活動時間帯にフィニーはサンタバーバラで10マイルレースを走っていた。
ジェイムソン・ロップ ↔ サトシ・ナカモト, セルジオ・デミアン・ラーナー
ジェイムソン・ロップが、サトシが意図的にマイニング能力を制限し、フル稼働なら約219万BTCのところを約110万BTCに留めたことを示した。