
2014年1月9日、BitcoinTalkに来たばかりの利用者が、ある名前の由来を尋ねた。ビットコインの基本単位、1コインの1億分の1は「satoshi」と呼ばれる。なぜなのか。サトシ本人が決めたのか、それともほかの人が敬意を込めて使い始めたのか。30分後、ribuckという利用者が答えた。
ribuck(BitcoinTalkへの投稿、2014年1月9日20:49 UTC)satoshiという名前を出したのは私だ。
ribuckは日付を挙げ、昔の自分の投稿にリンクし、この使い方が広まったきっかけの投稿を名指しし、最後にサトシ本人についての一文を添えた。どの言い分も、掲示板の記録で確かめられる。そして記録は、4段落の答えよりずっとにぎやかだ。名前は4本のスレッドを通り、3通りの大きさに当てられ、主任開発者が「+1」を付けた別の案と並んだ。サトシは、そのどのスレッドにも書き込んでいない。
1. サトシが名前を付けなかった単位
サトシのコードが名前を付けた額は二つしかない。ビットコインv0.1のmain.hは、COIN = 100000000とCENT = 1000000を決めている。1コインは基本単位の1億倍、1セントは1コインの100分の1だ。基本単位そのものには、ソースの中で名前がない。クライアントは額を小数2桁で表示し、それより細かい額は受け付けなかった。利用者が見て打ち込める最小の額は1セントで、この単位がコードと手数料とメールのどこに通っているかは、サトシのセントのページが追っている。その下の6桁は、最初からあり、最初から隠されていた。
コインの値打ちが上がりすぎたときのサトシの手当ては、小数点を動かすことで、もっと小さな単位に名前を付けることではなかった。本人はこう書いている。
サトシ・ナカモト(マイク・ハーン宛のメール、2011年1月10日16:34 UTC)非常に大きくなれば、小数点を2桁移動させて、セントが新しいコインになる。
アーカイブにあるサトシ自身の文章は、1億分の1に一度も名前を付けていない。掲示板への最後の投稿は2010年12月12日の日付で、以下の名前の議論はどれもそのあとに起きた。
2. 2010年11月、satoshiは1セントだった
この記録の中で名前が最初に出てくるのは、別の額の案としてである。2010年11月15日、NewLibertyStandardが฿の記号とBTCのコードを提案してから9か月後の通貨記号のスレッドで、ribuckはビットコインをどう分けるのかを問い、名前の案を出した。「1ビットコインの100分の1を『Satoshi』、その1,000分の1を『Molyneau』、さらにその1,000分の1を『Austrian』にしてもいい」。
最初の「satoshi」は0.01 BTC、つまりサトシのクライアントがすでに最小の額として扱っていた1セントだった。2014年のribuckも、この選び方を同じように説明している。「当時、標準のクライアントの画面が表示できるいちばん小さな単位は0.01 BTCだった」。
3. 2011年2月10日、ビットセントのスレッド
3か月後、掲示板がなかば待っていたことが値段の上で起きた。2011年2月10日、goblinが「もっと細かい単位が必要――小数点を動かす」というスレッドを立てた。「1ビットセントがアメリカの通貨のいちばん小さな単位、つまり1セントより高くなった」。3時間のうちに、プロジェクトを動かしていた人たちが加わった。
マイク・ハーンの返事は、このあとのすべての前提になる事実から始まっている。
マイク・ハーン(BitcoinTalkへの投稿、2011年2月10日16:09 UTC)「とにかく小数点を動かそう」と言うのは簡単だ。でもビットコインのこの部分は珍しく、サトシが前もって考え抜いていない。本人がいない以上、いい計画を出すのは私たちの役目なんだろう。
ハーンの案は、小数点の位置をマイナーの投票で決めるものだった。12月に、サトシの了承を得てプロジェクトを取り仕切ると告げていたギャビン・アンドレセンは、スレッドを二つに分けた。次の版では全桁を表示して送れるようにすればよく、0.01 BTCを基準にした手数料の決まりは別の論点だ、と。「『靴下1足に0.001ビットコイン払う』心配をするのは、まだ早い」。
この二つの投稿のあいだに、ribuckは仕組みではなく呼び方を出していた。
ribuck(BitcoinTalkへの投稿、2011年2月10日16:53 UTC)1ビットコイン=100ビットセント
1ビットセント=1,000ミリセント
1ビットセント=100万マイクロセントビットコインではなくビットセントを分けていけば、いちばん小さなかけら、つまり1ビットコインの1億分の1にも、うまく名前が付く。
こうした小さな単位には、いずれ愛称が生まれるに違いない。愛称の候補なら、「austrian」と「satoshi」がいいと思う。
3か月で、satoshiは100万分の1に縮んだ。1セントからマイクロセントへ。それでもまだ愛称の一つにすぎない。ハル・フィニーはビットセントの半分を気に入り、そう書いた。翌日、jon_smarkは残りの半分を気に入り、逆の方向へ動かした。100刻みと1000刻みを混ぜると人は混乱する。「Satoshi」はいい候補だが「Austrian」はいけない。単位は1000ずつにすべきだ。そうして出した案が「1 satoshi = 1000 BTC」で、その下に1ビットコインあたり1,000の「koishi」、1 koishiあたり1,000の「suna」を置く。日本語の小石と砂である。この日一日だけ、satoshiは案の中でいちばん大きな単位だった。思わず笑った。
4. 2011年2月18日、「これで合意でいいかな?」
1週間後、Kolbasが同じ心配から新しいスレッドを立てた。題は一語、「ビットセント?」。ハル・フィニーはribuckの呼び方をもう一度指し、マイクロセントがちょうどソフトが扱えるいちばん小さな単位に当たると書いた。その3時間ほどあと、kibaが書いた。「ビットコインのごく小さな額を『satoshi』と呼ぶのが待ちきれない」。そして、当時の引用ではmoaの名で出てくるmarcus_of_augustusが、3行を書いた。
marcus_of_augustus(BitcoinTalkへの投稿、2011年2月18日08:50 UTC)1 satoshi = 1マイクロビットセント(最小の単位)
1億satoshi = 1ビットコイン
これで合意でいいかな?
2時間後、一つの返事がこれに答えた。
no to the gold cult(BitcoinTalkへの投稿、2011年2月18日10:51 UTC)異議なし。
記録に残る合意は、これで全部である。一人の利用者の確認と、別の利用者の一語の返事。その日だけで19の投稿があったスレッドの中の、二つの投稿だ。答えたアカウントは、今は「no to the gold cult」という名前で表示される。同じ日のあとの投稿の引用では、SumChancerと出てくる。2014年にribuckが経緯を語ったとき、広まったきっかけとして挙げたのは、このやりとりだった。marcus_of_augustusが確かめ、「誰かが『異議なし』と答え、この使い方が広まった」。
5. 2011年春、公式なものは何もない
一つのスレッドの合意は、その外では何も決めなかった。2010年11月から2011年5月までに、同じ語が3通りの大きさに当てられている。
| 日付 | 誰が | 「satoshi」が指した額 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 2010年11月15日 | ribuck | 0.01 BTC | topic 369 |
| 2011年2月10日 | ribuck | 0.00000001 BTC。マイクロセントの愛称として | topic 3311 |
| 2011年2月11日 | jon_smark | 1,000 BTC | topic 3311 |
| 2011年2月18日 | marcus_of_augustus | 0.00000001 BTC。最小の単位 | topic 3574 |
| 2011年4月17日 | marcus_of_augustus | 0.00000001 BTC。1 BTCを1億まで上へ数える | topic 3574 |
| 2011年4月17日 | ribuck | マイクロビットセント。ミル・ミリセント・マイクの下 | topic 3574 |
| 2011年5月5日 | ribuck | 基本単位。ミリー・マイクと並べて | topic 7325 |
4月、marcus_of_augustusは、いちばん簡単な抜け道は「いちばん小さな単位に名前を、どんな名前でもいいから付けて」上へ数えることだと書き、うまくいくほうに「1億sts」を賭けた。5月、ビットセントは1ビットコインの100分の1を指す公式の呼び名なのかとtardoが尋ねると、ribuckは自分の単位を並べて、短く答えた。「公式なものは何もない」。同じ日の午後、jon_smarkはビットセントそのものに反対し、1000ずつ数えるミリコイン・マイクロコイン・ナノコインを勧めた。ギャビン・アンドレセンは「+1」と返した。これらのスレッドで主任開発者が投じた一票は、メートル法の接頭辞のほうに入った。
ソフトで最初に単位を選べるようにしたときも、同じ接頭辞が使われた。2011年7月、ヴラディミル・ヴァン・デル・ラーンは、作っていた新しいGUIのクライアントで、額をBTC・mBTC・uBTCのどれでも表示できるように準備した。Bitcoin Wikiの「Units」のページは、ビットセントのスレッドの1か月前、2011年1月16日にLuke-jrが最初に書いたもので、10進とTonalの単位の表にsatoshiはない。Wikiの「Satoshi (unit)」のページは、2013年6月12日まで、サトシ・ナカモトのページへの転送でしかなかった。この日、誰かが最初の一文を入れた。最小の単位は「創設者への皆の敬意を込めて『satoshi』と名付けられた」。
6. 愛称から単位へ
この語がソフトと仕様に入ったのは、掲示板で落ち着いてから何年もあとのことである。
ライトニングネットワークの仕様は2016年からまとめられ、支払いの額をミリサトシで数える。1 satoshiの1000分の1で、ビットコインのブロックチェーンそのものには記録できない額だ。2017年12月に番号を割り当てられたBIP 176は、1ビットコインの100万分の1を「bit」と呼ぶ案で、それを「1 bit = 100 satoshis」と定義した。2018年5月、GreatSockという貢献者が、Bitcoin Coreのウォレットが表示できる単位に「Satoshi (sat)」を足した。これはその年の10月に出た0.17に入った。2021年1月に出た0.21は、Bitcoin Coreのコマンドに「satoshis per vbyte (sat/vB)」で数える手数料率の指定を足した。サトシのコードが名前を付けなかった単位で、いまは手数料が言い表される。
7. 辞書
オックスフォード英語辞典は、2019年10月の更新でsatoshiを収録した。「ビットコインのデジタル決済システムで最小の通貨単位。1ビットコインの1億分の1に等しい」。語源はサトシ・ナカモトの名前とし、最古の用例を2012年とする。上の掲示板の投稿は、どれも2012年より前のものだ。辞書の年は、辞書が挙げるいちばん古い用例の年で、その語が生まれた日ではない。
| 辞書 | satoshi | 確かめたもの |
|---|---|---|
| オックスフォード英語辞典 | あり。2019年10月から。最古の用例は2012年 | Wayback Machineの写し(2019年・2024年) |
| Collins English Dictionary | あり。「1ビットコインの1億分の1」、サトシ・ナカモトにちなむ | Wayback Machineの写し(2026年2月) |
| Merriam-Webster | なし | 2026年10月11日 |
| Dictionary.com | なし。引くと「karoshi」に回される | 2026年10月11日 |
| Cambridge Dictionary | なし | 2026年10月11日 |
5つのうち、収録しているのは2つである。ここで確かめたアメリカの2つの辞書、Merriam-WebsterとDictionary.comには項目がなく、Cambridgeにもない。
8. ribuckの答えを確かめる
2014年のribuckの答えは、記録とよく合う。名前を出したのは確かにribuckで、それも2度、最初は0.01 BTCに、次に基本単位に当てた。2度目はビットセントの体系の中の愛称で、本人の言うとおりだ。広まったきっかけとして挙げた2月18日のやりとりも、本人の書いたとおりに起きている。記録と合わないのは、最後の一文だけである。
ribuck(BitcoinTalkへの投稿、2014年1月9日20:49 UTC)サトシ・ナカモトは、自分の文章の中で、基本単位をただ「coin」と呼んでいた。
サトシのコードでは、COINは1ビットコイン全体、基本単位の1億倍を指す。アーカイブにあるサトシの文章は、基本単位を何とも呼んでいない。1コインより小さなものを言いたいとき、サトシはセントと言った。
1コインの下で、サトシが名前を付けた単位はセントだけで、それも小数点を動かして引退させるつもりだった。サトシの通貨のいちばん小さなかけらの名前は、本人のいないところで決まった。始まってまもなく本人の不在に触れる投稿が出たスレッドで案が出て、別のスレッドで、今は別の名前で表示されるアカウントの一語が決着をつけた。私はそこに、ちょうどいい収まりを感じる。いまサトシの名前をあらゆる手数料の値段、1仮想バイトあたり何satに乗せて運んでいるのは、本人が一度も書かなかった語である。























