
2026 年 4 月 8 日、Theranos 事件を暴いたピューリッツァー賞受賞ジャーナリストのジョン・カレイロウは、約 1 万語のニューヨーク・タイムズ調査記事「My Quest to Solve Bitcoin’s Great Mystery」で、Blockstream の CEO で Hashcash の発明者であるアダム・バックがサトシ・ナカモトの仮名の中の人物として最も可能性が高いと結論づけた。バックは正体を否定した。
調査の方法論
カレイロウは 18 か月にわたり、NYT の AI 専門家のディラン・フリードマンと協働で本調査を実施した。サイファーパンク時代の文章を文体計量比較するのが中心的方法だった:
- 1992 年から 2008 年頃までのサイファーパンクメーリングリスト 3 件の通信を収集:Cypherpunks リスト、Cryptography リスト(metzdowd.com)、Hashcash メーリングリスト。3 番目の Hashcash はアダム・バック本人が 1997 年に提案したプルーフ・オブ・ワーク方式の告知・議論リストであり、バックの執筆量がこのリスト上で構造的に多くなることは「バックがサトシかどうか」とは無関係の事実である。バックは方法論上の異議を公に唱えている。すなわち、同時期に他の多くの寄稿者よりはるかに多く Hashcash・サイファーパンクのリストに投稿してきたため、パターンマッチングシステムが学習できるバック本人の文章量が突出しており、バックのコーパスへの最高一致は「サトシ本人を特定した」というより「バックの執筆量を反映した」結果になりやすい、という指摘である。
- ビットコイン公開(2008 年)以前に暗号学メーリングリストに 10 件以上の投稿を行った 620 人の書き手に絞り込み。
- 各書き手の文体的指紋をサトシの既知の文章と比較。
- バックの文章がサトシのものと特徴的に一致する 3 つの指標を特定:句点後の二重スペース、英国式綴り(サトシと同じく英米混在のパターン)、特定の種類のハイフン誤用。
- サトシの文章中の非標準ハイフン使用 325 件を目録化したところ、バックの文章はそのうち 67 件で同じ誤りを示しており、次点の候補を大きく上回った。
- 公表された癖の目録はさらに広い。両者とも「backup」「bugfix」を 1 語で、「half way」「down side」を 2 語で書き、「cheque」と「check」、「e-mail」と「email」の表記を行き来し、「partial pre-image」「burning the money」、ハイフン入りの「proof-of-work」という同じ特徴的な言い回しを使っていた。記事によれば、バックには「it’s」と「its」を混同し、文末に「also」を置く癖もあった。
委託先の言語学者のフロリアン・カフィエロによる独立した文体計量分析は、12 名の候補のうちバックを最上位に位置づけたが、カフィエロ自身は結果を不確定と評している。ハル・フィニーがバックとほぼ並ぶ位置を占めていたためだ。
文体計量の外側でも、調査は状況証拠となる時系列上の主張を積み上げている:
- 1997 年の電子キャッシュ構想。 1997 年 4 月 30 日、バックはサイファーパンクメーリングリストで、銀行システムから「完全に切り離された」電子キャッシュシステムを提案した。支払人と受取人のプライバシー、ネットワーク化されたコンピューターへの分散、組み込みの希少性、個人にも銀行にも信頼を置かない設計という 4 つの属性に、2 日後には 5 つ目として公開検証可能なプロトコルが加わる。記事はこの 5 つすべてを後のビットコインの設計に対応づけている。
- 「目立つ空白」。 バックは何年もサイファーパンクのデジタルキャッシュ議論に従事していたが、ビットコインが告知された 2008 年末頃に投稿が静かになり、サトシが活動を続けた約 2 年半のあいだ沈黙が続いた。カレイロウは NPR で、この符合を漫画になぞらえてこう述べている:「ブルース・ウェインとバットマンのようなものだ。バットマンが現れるとき、ブルース・ウェインはどこにもいない」。
- 鏡写しの復帰。 サトシの最後の既知のメールは 2011 年 4 月 26 日付。その 6 週間後の 2011 年 6 月、バックは同じ暗号学メーリングリスト上でビットコインについて初めて公に発言した。2013 年 4 月 17 日には BitcoinTalk に参加し、2 週間のうちに Wikipedia へサトシ・ナカモト単独ページの復元を要求していた。これは、セルジオ・ラーナーの Patoshi 分析がサトシ初期マイニング由来の資産額を公の数字にした直後にあたる。
- HBO の場面。 カレイロウの記述は、バックに注目した端緒の一つを 2024 年の HBO ドキュメンタリー「Money Electric」の一場面に求めている:自分の名前が挙がった途端、バックは身を強張らせ、サトシであることを強く否定し、会話をオフレコにするよう求めた。
エルサルバドルでのインタビュー
カレイロウは 2026 年 1 月下旬、サンサルバドルで開かれたビットコインカンファレンスの折に、エルサルバドル在住のバックを訪ね、ホテルの一室で 2 時間の対面インタビューを行い、証拠を一つずつ提示した。バックは正体を 6 回以上にわたって否定し、積み重なった一致を偶然として退けた:
「結局のところ、何も証明していない。請け合ってもいい、本当に私ではない」
公開された記事は、この否定と並べて、バックの挙動をめぐるカレイロウ自身の一人称の描写を記している:
「しかし時折、ボディランゲージは別の物語を語っていた。言い逃れの難しい事柄を突きつけられると、顔が赤くなり、椅子の上で落ち着かなげに身じろぎした」
カレイロウが「口を滑らせた」と聞いたやり取り
インタビュー後に録音を聞き返したカレイロウは、一つのやり取りに目を留めた。カレイロウがサトシの 2008 年 11 月の一節「言葉よりコードの方が得意」に触れたのに対し、バックはこう答えていた:
「それにしても、ずいぶん喋った方だと思うが、つまり…その、言葉がうまいと言うつもりはないが、実際、あのリストでは相当お喋りに書き込んでいたからね」
カレイロウはこの返答を、バックがサトシのメーリングリスト上の文章を自分のものとして語った瞬間と聞いた。記事の言葉を借りれば、バックは数秒のあいだ「仮面を落とし、サトシになった」。数日後にメールで問われたバックは、うっかり口を滑らせたのではないと否定した:
「技術畑の人間は文章よりもコードで考えを表現する方が楽だと感じることが多い、という一般的な観察に、会話の流れで応じただけだ」
記事はこのやり取りで締めくくられる。カレイロウは、この人物で間違いないという心証に「なお残っていた疑い」がこれで消えたと書き、公開 5 日後の NPR インタビューでは自らの確信を「99 から 100% の間」と述べた。挙動の読みも口滑りの読みも、バックが意味を争う発言に対する記者側の解釈である。
バックの応答
公開後の Yahoo Finance による 2026 年 4 月 10 日のインタビューで、バックは方法論への異議を明確に述べた:
「確証バイアスの要素が含まれている」
「結局、似たような関心を持つ人々を選び出している。…似たような書き方になるのは当然だ」
バックはまた、公的な高い可視性を持つ人物が正体である可能性を否定する立場を示した:
「最もありそうな状況は、サトシはドキュメンタリーの撮影クルーや調査ジャーナリストに話しかける類の人物ではないということだ」
サトシの匿名性の継続がビットコインにとって構造的に有益であるとも論じた:
「ビットコインにとっては実はプラスで、幸運なことだ。…ビットコインを発見・資産クラスとして認識させる助けになる」
バックはソーシャルメディア上でも否定を表明し、これは複数のインタビューや講演における従来の公的立場と一貫している。否定のパターンは、2024 年 2 月の COPA 対ライト裁判での宣誓証言とも整合する。当該証言では、バックはサトシとの完全なメール通信を証人証拠として提出している。
調査が直接関係する既存アーカイブ資料
本アーカイブは NYT の主張に直接関わる一次資料を保有している:
- サトシとバックの間の 2008 年 8 月 20〜22 日のメール通信では、8 月 21 日のバックがサトシにウェイ・ダイの b-money を見るよう示唆した返信を受け、8 月 22 日のサトシの返信で「b-money は読んだことがなかった」と述べ、同日付でウェイ・ダイにメールを送っている。
- バックの 2024 年 2 月の COPA 対ライト裁判での証言では、上記メールを証人証拠として提出し、宣誓のもとサトシを別人として扱った。
- ウェイ・ダイの 2014 年回想(AALWA スレッド)は、サトシが開発期間中、可視のサイファーパンクコミュニティで「以前から積極的に活動していた人物ではない」と論じている。これは 2007〜2008 年にサイファーパンクメーリングリストで可視に活動していた候補に対する反証として作用するが、まさにこの母集団が NYT の文体計量分析の選択対象である。
批判的評価
ビットコイン関連メディアでの報道は、特定への懐疑が大勢を占めた。Fortune は調査が「サトシを発見したかもしれない」と表現し、断定を避けた。Unchained はビットコインコミュニティの大半がバックの否定に同意していると報じた。方法論はビットコインコミュニティの応答で「示唆的だが決定的ではない」と広く位置づけられた。カフィエロ自身が結果を「不確定」と評し、フィニーがほぼ並んだという事実が大きい。
カレイロウの調査は、 2024-2026 年の主要メディア/ドキュメンタリーによるサトシ特定 4 件の一角を占める。 2024 年の HBO ドキュメンタリーはピーター・トッドをフォーラム投稿のタイミング論で名指しした。 サトシ複数人説 — 『Finding Satoshi』ドキュメンタリー (2026 年 4 月)はハル・フィニーとレン・サッサマンを共作者として提示した。 サトシ政府機関説 — Murphy 対 DHS FOIA 訴訟 (2025 年 4 月)は同じ問いを政府文書開示の経路で追っている。 4 件のうち暗号学的確認に到達したものは無い。
アダム・バック=サトシ仮説の分析的扱い(本調査の証拠を 2008 年 8 月のメール通信、2024 年の COPA 証言、より広い公開記録と比較して衡量する作業)については、アダム・バック=サトシ正体仮説エントリーを参照。
この調査は、長く続いた試みの列の末尾にある。アダム・バックの伝記は、これを報道によるもっとも新しい同定の試みとして記録する。文体計量の側は 2014 年のアストン大学の研究、van Dorst の 2024 年のコーパス、2026 年の名指し候補再分析と続く。それらを一つの表に並べているのがサトシ正体仮説の総覧である。