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Re: Hashcashの​引用 —— ​「私の​アイデアは​まさに​その​点から​始まっている」

アダム・バックとサトシ・ナカモトを表す二つの封筒アイコンが矢印でつながり、一方には確認を示すチェックマークが添えられている。そこからさらに矢印が伸び、強調された線を持つ書類アイコンへと至り、b-moneyのページを指し示すイラスト。

メールチェーンの3通目で、サトシはアダム・バックがウェイ・ダイのb-money提案を紹介してくれたことに感謝した。この18分後には、バック自身によるMicroMint論文を勧める返信が続く。アーカイブの分析記事でもサトシの自己言及として既に引用されている、歴史的に中核となる一文は次の通り。

サトシ・ナカモト(アダム・バック宛のメール、2008年8月21日17:59 UTC)

ありがとう。b-moneyのページは知らなかったが、私のアイデアはまさにその出発点から始まっている。

この一文は、サイファーパンクからの独立した到達についての分析とビットコインの設計系譜分析の双方を支える一次資料の一つである。サトシは独自に設計空間に到達しており、b-moneyの存在はその日のうちにアダム・バックから紹介されて初めて知った。前日のサトシ自身のメールによれば、C++の実装がほぼできあがっていた時期である(この日付をほかの先行技術と並べたのがコードが仕上がる前にサトシが知っていたもの)。ウェイ・ダイ=サトシ仮説の §2.2が検討する中心的な一次資料でもある。もしウェイ・ダイ自身がサトシだったなら、聞き手のいない自分自身に向けた告白になってしまう、という論点である。

同じメールには、引用年を確認するためにサトシがウェイ・ダイに直接連絡する予定であることも書かれていた。その連絡は翌日に送信されることになる(2008年8月22日サトシ → ウェイ・ダイ)。b-moneyはその後、ビットコインホワイトペーパーの参考文献 [1] として加えられた。この一文はアダム・バックの伝記でも、伝記上の重要な場面として引用されている。

バックが自身の2002年Hashcash論文 §7で書いていたのは、あくまで「Hashcashをb-moneyの鋳造機構に使う」という組み合わせの提案にとどまっていた。この返信は、サトシが自らの言葉で、まさにその組み合わせに独力で到達していたことを裏付けている。

原典の外部ソース

https://bitcoinmagazine.com/technical/bitcoin-adam-backs-complete-emails-satoshi-nakamoto

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