ビットコイン・インスティテュート

Hashcashの​引用と​ビットコインホワイトペーパー草稿

アダム・バック宛の封筒からチェックマーク付きの引用カードへ、そこから草稿の原稿へと破線がつながる、濃紺の背景のイラスト。

サトシ・ナカモトによる現存する最古のメール。アダム・バック宛に、Hashcashを下敷きにした論文を近く公開する旨を伝え、起草した引用形式の確認を求めた。

[A. Back, "Hashcash - a denial of service counter-measure,"
http://www.hashcash.org/papers/hashcash.pdf, 2002]

メールの中核的な一文は次の通り。

サトシ・ナカモト(アダム・バック宛のメール、2008年8月20日17:30 UTC)

あなたのHashcashの論文を引用した論文を発表する準備をしている。引用が正しいか、確かめておきたかった。

サトシは『Electronic Cash Without a Trusted Third Party』という暫定タイトルのリリース前草稿へのリンクを添付した。この原稿は後に『Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System』へ改題され、暗号学メーリングリスト用の草稿として公開された。要旨はそちらに載っている。

このメールはサトシとサイファーパンク運動の中心人物との間で記録に残る最古の直接接触であり、サイファーパンクからの独立した到達についての分析を支える一次資料の一つである。このメールの日にどの先行技術がサトシの前にあり、どれがあとから届いたかは、コードが仕上がる前にサトシが知っていたものが先行技術ごとに日付をたどっている。

バックは翌日に返信し、引用を確認した上でウェイ・ダイのb-money案をサトシに教えた。サトシは数時間のうちに礼を述べ、「私のアイデアはまさにその出発点から始まっている」と書き送った。バックはその数分後、ロン・リベストとアディ・シャミアによる1996年のMicroMint論文という二つ目の候補をさらに提案した。

最初のメールから二日後、サトシは引用年を確認するためウェイ・ダイにも直接書き送っている(2008年8月22日サトシ → ウェイ・ダイ)。

バックとのやり取りは、約5か月後に再開した。Bitcoin v0.1のリリース翌日、サトシは公開を知らせるため最後にもう一度バックへ書き送っている。

アダム・バック身元仮説、2026年NYTキャリールー調査、 アダム・バック本人の2024年回顧証言は、いずれもビットコイン公開前にアダム・バックがその設計について何を知っていたかを示す記録上の基準点として本メールを扱う。また、 アダム・バック伝記・サトシ伝記・サトシ自己発言インベントリ・ビットコインの設計系譜 (サトシが書いたHashcash引用が先行者を認めた記録の根拠となる)、そしてサトシの活動年表 (このメールが、記録に残るサトシの全出来事の年表の起点となっている) からも参照されている。

原典の外部ソース

https://bitcoinmagazine.com/technical/bitcoin-adam-backs-complete-emails-satoshi-nakamoto

他の外部ソース

  • COPA v Wright Trial Evidence(このメールは2024年2月、ロンドンで行われたCOPA対クレイグ・ライト裁判において証拠として提出された。アダム・バックが証人陳述書の一部として完全なメールチェーンを提出した)