
ETHの総量に上限を設けることを、皆で決めようと提案する。
これがある提案の書き出しである。イーサリアムの総発行量を120,204,432 ETHに固定するEIP-960である。この上限の数字は、2014年のプレセールで売られたETHのちょうど2倍だと、提案自身が説明している。書いたのは、この提案の4年前にホワイトペーパーを書き、上限つきの供給をはっきり退けた、その人自身である。提案は採用されなかった。GitHubでは、動きのないまま閉じられた扱いになっている。投稿日はエイプリルフールに当たるが、本文は、ハードフォークに要る報酬の計算を、ブロックごとに細かく詰めており、冗談めいた気配はどこにもない。
ホワイトペーパーが退けた上限を、その著者自身が一度は提案し直した。上限を退けた人が、のちに上限を持ち出した。この食い違いには今も決着がついておらず、イーサリアムの通貨設計を読むなら、ここから始めるのがよい。上限のない発行、使用量に応じて燃え尽きる手数料、採掘から検証への合意形成の乗り換え。アルトコインの数と設計の比較は、12のチェーンのうちイーサリアムだけを、発行量があらかじめ決めた予定ではなく、ネットワークの使われ方で変わる設計として別に扱っている。だが、その中で数字が実際にどう動くかまでは、表に入りきらない。
ホワイトペーパーが語る自己像
2013年末、19歳のブテリンはホワイトペーパーを書いた。それまでの2年近く、彼は『Bitcoin Magazine』の主筆として、ビットコインのスクリプト言語とUTXOベースの取引モデルでは作りたいものが作れない、と書き続けていた。ホワイトペーパーは、その限界をこう書いている。
ヴィタリック・ブテリン(イーサリアムのホワイトペーパー、2013年)UTXOは使用済みか未使用かのどちらかでしかなく、それを超えて内部状態を保つような複数段階の契約やスクリプトを書く余地がない。[中略] スクリプトによる方法は実装も標準化も容易だが、できることは非常に限られている。メタプロトコルは手軽ではあるが、拡張性に難がある。
そうして書かれた文書はEthereum: A Next-Generation Smart Contract and Decentralized Application Platform(次世代のスマートコントラクトと分散アプリケーションの基盤) と題され、発行の節で、上限つきの供給を名指しで退けている。
恒久的な線形供給の増加モデルは、ビットコインで過度と見られる富の集中を和らげ、今の時代に生きる人にも、これからの時代に生きる人にも、通貨を手に入れる公平な機会を与える。同時に、供給の増加率は年々ゼロに近づいていくため、イーサを取得し保有する強い動機は保たれる。
上限を設けないことは、イーサリアムがローンチのあとでやむなく決めたことではない。最初の供給の数字が生まれる何年も前に、ビットコインの設計を名指しで退ける形で、創設の文書に書き込まれていた。
発行設計の仕組み:上限のない供給とEIP-1559のバーン
上限を設けない一方で、イーサリアムの発行の速さは、ハードフォークで2度書き換えられている。ローンチのときのプルーフ・オブ・ワークでは、ブロック報酬はブロックあたり5 ETHの固定額だった。2017年10月16日のハードフォークByzantiumで3 ETHに(EIP-649)、2019年2月28日のConstantinopleで2 ETHに(EIP-1234)、それぞれ切り下げられている。どちらのEIPも、新しい報酬額を、決まったブロックから使う固定の数として書いている。ネットワークがどれだけ使われているかを測った値とは結びつけていない。
2021年8月、EIP-1559が、発行とは逆向きに働く、もう一つの力を加えた。トランザクションの手数料を「基本手数料」と「優先手数料(チップ)」の2つに分け、基本手数料をバリデーターに支払うのではなく焼却する仕組みである。基本手数料は固定額ではない。直前のブロックが目標のガス使用量(ブロック上限の半分)を上回れば上がり、下回れば下がる。1ブロックあたりの変動幅は最大8分の1に抑えられており、利用者が次のブロックの手数料をおおむね予測できるよう設計されている。優先手数料だけがバリデーターの取り分として残る。
発行が増やす分と、バーンが減らす分。この2つの綱引きの結果として、供給は増えることも減ることもある。ビットコインのカーブとは、まるで違う形だ。ビットコインの供給は、2009年に決まった予定どおりに増えるだけで、2,100万枚に近づいていき、減ることはない。
コンセンサスの転換:プルーフ・オブ・ワークからステークへ
2020年12月1日、イーサリアムはメインネットとは別に、新しい合意形成の仕組みだけを走らせるチェーン、Beacon Chainを立ち上げた。32 ETHをステークした2万1,063のバリデーターを起点とし、ほぼ2年のあいだ、本番のチェーンと並べて、プルーフ・オブ・ステークによる検証だけを動かし続けた。大事な価値がこの仕組みに乗る前に、合意の規則がうまく働くかを確かめるためである。
2022年9月15日、マージがこの並走を終わらせた。残高とコントラクトの状態を保持してきた旧来の実行層(プルーフ・オブ・ワーク側)と、Beacon Chainの合意層が一つに結合され、ブロックを掘るマイナーはその日を境に検証するバリデーターに置き換わった。採掘によるブロック報酬はゼロになり、代わってバリデーターへの報酬が新規発行の全量を占めるようになった。
合意の決め方そのものも変わった。チェーンの先頭を選ぶ規則はLMD-GHOSTである。各バリデーターの最新の投票だけを数え、賛成が最も多く積み重なった分岐を選ぶ。確定を与える規則はCasper FFGである。32スロット、約6.4分を「エポック」という単位にまとめ、続く2つのチェックポイントがそれぞれ全ステークの3分の2以上の賛成を得ると、前のチェックポイントが確定する。この二つを合わせてGasperと呼ぶ。Gasperで確定したチェックポイントを覆すには、全ステークの3分の1以上を握らなければならない。
この乗り換えで、ビットコインのプルーフ・オブ・ワークと比べて何を得て何を失ったのか。電力、攻撃に要る資本、確定、分散の度合いについて、日付つきの数字で比べたのがプルーフ・オブ・ワークとプルーフ・オブ・ステークの比較である。
この乗り換えは発行の量も変えた。採掘時代の新規発行は日量約13,000 ETH、マージ後のバリデーター報酬は日量約1,700 ETHで、ethereum.orgの集計ではおよそ88% の減少である。EIP-1559のバーンと組み合わさり、マージ直後の高稼働期には、燃やされるETHが新規発行を上回る日が続いた。供給は縮んだ。
その縮小は長く続かなかった。2024年3月13日のアップグレードDencun(EIP-4844、レイヤー2向けの安価なデータ領域を新設)が、手数料が払われるやり取りの大半を、メインネットからロールアップへ移した。手数料はおよそ4分の1に下がり、燃やされるETHも同じだけ減った。2024年4月以降、供給は2022年以来もっとも速いペースで増加に転じている。上限を設けない発行が、使用量ひとつでこれだけ向きを変える。ビットコインは上限を選んだが、イーサリアムの供給の設計の核心は、この振れ幅のほうにある。
統治と初期配分:財団、プレセール、現役の創業者
財団にするか会社にするかという争点は、セールが終わる前から表に出ていた。2013年末、チャールズ・ホスキンソンがイーサリアムの最高経営責任者として加わっていたが、2014年、ほかのメンバーは、まさにこの点の対立から彼を外した。ホスキンソンは会社を、ブテリンは財団を望んでいたのである。実際に形になったのはブテリンの答えである。
2014年7月22日から9月2日までの42日間、イーサリアムは6,000万ETHを売るクラウドセールを行った。価格は開始2週間の1 BTC = 2,000 ETHから終了時の1 BTC = 1,337 ETHまで段階的に切り下げられ、約3万1,500 BTC(当時のレートで約1,830万米ドル)を集めた。売却分とは別に、売却量の9.9パーセントにあたる590万ETHが83人の初期貢献者に、同じく590万ETHが財団に割り当てられ、ローンチ時点の総供給量は7,200万ETHとなった。ブテリン自身の取り分は約55.3万ETHで、初期貢献者への割当のうち最大である。この83人のうちの一人、ギャヴィン・ウッドはイーサリアム初代CTOを務めた後に離れ、ポルカドットを創設した。ポルカドット自身の技術文書は、イーサリアムを自らが「等価」とみなすチェーンの一つとして名指ししている。
ビットコインの構造的特徴の分析が「人・組織の分散化」と呼ぶ項目では、イーサリアムはビットコインと正反対の側にいる。ブテリンは現在も一貫して公に活動し、イーサリアム財団は、自ら運営するイーサリアム改善提案(EIP)の手続きを通じて、プロトコルの変更の取りまとめ役を務める。プレセールで生まれた財団も、11年を経てなお発言が重みを持つ創業者も、ビットコインの側には、どちらも見当たらない。ビットコインの創業者は2011年に去り、プロトコルへの権限を持った財団や会社は一度も現れなかった。
ブテリンが名指しで語るビットコイン
ビットコインのプルーフ・オブ・ワークについて問われると、彼は自分のチェーンの転換を答えに挙げた。
ヴィタリック・ブテリン(StartmeupHKフェスティバルでの発言、2021年5月)プルーフ・オブ・ステークは、ビットコインの環境問題への解決策だ ― 維持に必要な資源がはるかに少ない。
イーサリアム財団は2021年5月、マージが済めばエネルギー消費は少なくとも99.95パーセントほど減ると事前に見積もった。ethereum.orgはマージの説明の中で、実際の削減も推計で99.95パーセントとしている。
ビットコインの発行方式そのものへの評価としては、本稿冒頭で見た「恒久的な線形供給」というホワイトペーパーの一節が最も直接的だ。上限つき供給を「ビットコインで過度と見られる富の集中」という言い方で名指し、その集中を避けることを自らの発行モデルの理由に挙げている。ビットコインを名指しで論じるとき、ブテリンが繰り返し戻ってくるのは、プルーフ・オブ・ワークの資源消費と、供給に上限を置く設計という2点であり、どちらについても、彼の答えは同じ形をしている。イーサリアムをビットコインと逆向きに作る、という答えだ。
下の図は、イーサリアムの上限のない供給を、ビットコインとほかの10の通貨と並べたものだ。どれも同じ基準にそろえた指数で表している。
ビットコインにとっての意味
イーサリアムがビットコインにとって意味を持つのは、関係のないところで違う答えを出したからではない。供給を誰がどう決めるか、合意をどう作るか、創業者はどこにいるべきか、という同じ論点に、ほぼ正反対の答えを出し、しかもその答えで、11年間、実際にチェーンを動かしてきたからだ。固定供給vs自動調整通貨の分析が記すとおり、上限を退けて使用量に発行を連動させる設計は、2022年には供給の縮小に振れ、2024年には再び増加に転じた。ビットコインの2,100万枚は、決められた半減の予定にしか従わない。それとは正反対の動きである。この正反対の設計が、時価総額でビットコインとの差を最も詰めたのは2017年6月だ。フリッペニングと呼ばれたこの時期、イーサリアムの時価総額はビットコインの約85% に達した。それ以来、この85% に届いたことは一度もない。
デジタルゴールドの分析が挙げる「システムの分散化」「人・組織の分散化」「フェアローンチ」「創業者の離脱」「固定供給」「先発者優位」の6特徴のうち、イーサリアムが満たしているのは、システムの分散化ただ一つだ。財団があり、創業者は現役で、プレセールがあり、上限がない。ビットコインが「デジタルゴールド」だと言えるのは、どれか一つの性質のおかげではなく、いくつもの性質が同時にそろっているからだ。この主張を最もはっきり裏づけているのは、残る五つの特徴とは逆の道を、最も長く歩んできたこのチェーンである。















