
聞かれたのは、誰がビットコインを率いるかではなかった。2010年12月2日、bitcoin.orgが数時間止まったあと、サトシはマルッティ・マルミに、障害の原因は何だったのか、バックアップは取っているのかと尋ねた。マルミは翌朝こう答えた。再起動したら直った、自動のバックアップはしていない、bitcoinexchange.comを別のサーバーに移したらサーバー管理者を増やせるはずだ。rootパスワードをサトシと、ほかにもう一人に渡せる。Xunieが名乗り出ているが、フォーラムでもっとプロフェッショナルな人が見つかるかもしれない。募集のスレッドを立てようか。
その晩のサトシの返事は、この段落を引いたうえで、もう一人を名指した。
サトシ・ナカモト(マルッティ・マルミ宛のメール、2010年12月3日19:58 UTC)ギャビンが適任だ。彼を信頼している。責任感があり、プロフェッショナルだ。Linuxに関しては、技術的に私よりずっと上だ。
Xunieのことは知らない、何か月も投稿していない、とも書き添えた。12月6日、マルミはパスワードを送る用意ができたと書いてPGP鍵を求め、推薦には「分かりました、彼に聞いてみます」と返した。暗号化したrootパスワードは12月7日にサトシへ届いた。
つまり「ギャビンが適任だ」は、プロジェクトのウェブサーバーの二人目の管理者を選んだ言葉である。ギャビン・アンドレセンにコードを渡したのではない。保管庫のコミッターの記録が示すとおり、彼は2010年10月11日のr165から、自分の名前でSourceForgeの保管庫にコミットしていた。このメールが記録しているのは、サトシが挙げた理由のほうである。マルミが新しい管理者の仕事として挙げていたのは、lighttpdへの移行とサーバーの最適化だった。ビットコインをWindowsで作ったサトシは、まさにその仕事に要る腕で、ギャビンを自分より上に置いた。ビットコインは当初Windowsのみのアプリケーションとして公開され、Linuxへの対応は主にマルミの作業によってバージョン0.2で加わった。
引き継ぎが表に出たのは、もっと後で、ギャビン自身の手によってだった。サトシの12月12日のBitcoinTalkでの最後の公開投稿はそれに触れず、12月19日、アンドレセンがサトシの了承を得てプロジェクト管理をもっと能動的に担うと告げた。2010年9月ごろの「他のプロジェクト」の知らせから12月の告知までの流れは、プロジェクトがアンドレセンへ移った経緯にまとめてある。アンドレセンは後に、2013年のHuffPostのインタビューで自分の言葉で語った。サトシはビットコインのホームページにアンドレセンのメールアドレスを載せてよいかと尋ね、載せると同時に自分のアドレスを外した。アンドレセンはこれを「一杯食わされた」と言っている。
2010年12月のこのメールでサトシがギャビンを褒めた言葉は、rootパスワードについて書かれていた。拍子抜けな話ではない。むしろ似合っている。サトシの信頼はここで、誰がサーバーにログインできるべきかという、二行の実務の判断として現れている。













