ビットコイン・インスティテュート

ナジブ・ブケレ (1981–)

ビットコインを国の法定通貨にし、のちに受け入れの義務だけを目立たず廃止した

人物

濃紺の背景の技術図解。金色の輪郭で描いたエルサルバドルの国の形から、光るビットコインの記号が立ちのぼる。政府の建物を表す小さなアイコンは、スマートフォンのウォレットの画面につながっている。議会の決定の文書と、IMFの札が付いた文書の間で天秤が揺れ、横向きの年表が2019年・2021年・2025年を示している。

それまで、そんなことをした国家元首は一人もいなかった。2021年9月7日、ナジブ・ブケレは、市場での普及を待つのではなく、国会の立法によって、ビットコインを国の法定通貨にしたのである。中央アフリカ共和国も2022年に同じ道をたどったが、翌年には撤回した。中央アフリカ共和国とエルサルバドルがそれぞれ撤回した経緯は、各国政府のビットコイン政策の記録で並べて扱っている。当時40歳のブケレは、地域の世論調査で、南北アメリカで最も支持率の高い大統領に何度も挙げられていた。広報の部署を通すより、自分のスマートフォンから国を動かすことに、すでに慣れていた。

家業から市庁舎へ(1981年〜2019年)

ブケレは1981年7月24日、サンサルバドルで、パレスチナ系の実業家でエルサルバドル・アラブ・イスラム協会を率いる人物の息子として生まれた。エルサルバドルの中米大学ホセ・シメオン・カーニャスで法学を学んだが、卒業前に中退し、一族が営むいくつもの会社で働き始め、やがて国内のヤマハ発動機代理店の経営を任されるようになった。2012年、左派政党FMLNから政界入りし、小さな町ヌエボ・クスカトランの市長選に当選、2015年には首都サンサルバドルの市長に当選した。2019年、エルサルバドルの政治を長らく二分してきた二大政党を破って大統領選を制し、37歳で、ラテンアメリカで最も若い国家元首の一人になった。ギャングの暴力と経済の停滞の悪循環を断つと約束し、選挙戦では、自分が打ち破った古い政党のような組織の力ではなく、ソーシャルメディアを頼りにした。

2012ヌエボ・クスカトラン市長に当選2015サンサルバドル市長に当選2019エルサルバドル大統領に当選2021ビットコイン法により法定通貨化(9月7日)2025IMF融資に伴い 議会が受け入れ義務を撤回(1月29日)

ビットコイン法と、その一部の撤回(2021年〜2025年)

ブケレは、エルサルバドル議会が2021年6月に可決したビットコイン法を主導し、その法律は同年9月7日に施行された。国内のあらゆる経済主体にビットコインの受け入れを義務付け、政府自身のウォレットChivoを30ドルの登録特典とともに立ち上げるものだった。それから4年足らずで、法の一部が撤回された。14億ドルのIMF融資の条件として、議会は2025年1月、55対2の賛成多数で、受け入れ義務条項を撤廃した。ブケレの法律を、世界に例のないものにしていた条項である。経済主体が受け入れる義務は消えた。条文を最も詳しく調べた報道によれば、「法定通貨」という呼び方も条文から消えていた。それでも政府は、保有が増え続けていると報告した。一方で、同じIMFの条件は、公共部門が新しくビットコインを買うことを、建前の上ではゼロに抑えていた。IMF自身はのちに、この食い違いについて、新しく買ったのではなく、すでにある保有を一か所にまとめたものだと説明した。

統治のスタイル

ブケレは、昔ながらの政治の手順を踏むより、ソーシャルメディアに自分で投稿して物事を決めることが多い。この癖はビットコイン法より前からで、その後も変わっていない。彼はTwitterの自己紹介欄を「世界一クールな独裁者」と書き換えたこともある。ギャングの暴力の取り締まりで、エルサルバドルの殺人の発生率は劇的に下がり、ブケレは、選挙で選ばれたほかの国の指導者にはまず例がないほど、高い支持を保ち続けた。一方で、批判する人々は三つのことを問題にしている。一つは、2022年の非常事態の体制で、6万人を超える人が拘束され、正しい手続きを踏まない扱いが広く記録された。二つ目は、ブケレの政党が議会の多数を握って、2021年に憲法法廷の判事5人を全員解任し、最高裁を作り直したこと。三つ目は、その作り直された最高裁が、連続の再選を禁じた憲法の規定があるのに、ブケレの再選への出馬を認めたことである。この憲法は、内戦のさなかの1983年に定められたものだった。

事柄開始現在の状況
エルサルバドルのビットコイン法2021年受け入れ義務条項は2025年に廃止。報道によっては、「法定通貨」という正式な呼び方も条文から消えたとされる
Chivoウォレット2021年同法とともに政府運営で開始
政府のビットコイン保有2021年2025年のIMF合意により公共部門の新規購入は名目上ゼロに制限

歴史的意義

どんなホワイトペーパーにも、どんな取引所への上場にもできなかったことを、ブケレはビットコインにもたらした。普及が自然に進むのを待たず、法律で受け入れを強いる気のある国の政府を、ビットコインの側に引き入れたのである。IMFが、わずか4年足らずで、受け入れを義務とした部分を法律から削らせたからといって、それまでに起きたことが消えるわけではない。そこから分かるのは、上から押しつけた法定通貨の地位も、結局は、次にその国に金を貸す相手の言うことに従うしかなかった、ということだけである。もっと興味深いのは、エルサルバドルが法律を一部取り下げたことではない。もう買うなとIMFがはっきり言ったあとも、政府が報告する保有高が増え続けたことのほうである。ブケレはそれを購入と呼び、IMFは、すでにある保有を集約しただけだと説明した。

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