ビットコイン・インスティテュート

イーロン・マスクが​2021年に​Twitterの​自己紹介へ​「#bitcoin」を​加えた​日

暗い背景の編集イラスト。Twitterのプロフィールカードの自己紹介欄が「#bitcoin」に書き換えられている途中で、片側に小さな上昇チャート、もう片側に薄く消えていくドージコインのアイコンが配置されている。

2021年1月29日、当時世界一の富豪だったイーロン・マスクは、Twitterアカウントの自己紹介欄をひっそりと書き換えた。二行あった文面を消し、残したのは「#bitcoin」の八文字だけ。数時間のうちにビットコインの価格は32,000ドル前後から38,000ドル超まで動き、時価総額はおよそ1,110億ドル増えた。発表もインタビューもない。プロフィール欄の書き換えだけだった。

マスクの投稿が市場を動かしたのはこれが初めてではない。さかのぼって2018年、「資金は確保した」としてテスラを1株420ドルで非公開化するとツイートした一件は、米証券取引委員会(SEC)から詐欺の告発と4,000万ドルの制裁金を招いた。自己紹介書き換えの数週間前には、「Use Signal」という二語だけのツイートが、無関係のSignal Advance社を時価総額5,500万ドルから30億ドル超へ押し上げている。自己紹介の書き換えも、この延長線上にあった。マスクの注意はほとんど何に向いても価格を動かした。

この一件が他と違ったのは、それを厳密に測っている人物が既にいたことだ。ドイツのBlockchain Research Labを共同設立した経済学者レナート・アンテは、2019年からマスクの暗号資産関連ツイートのデータセットを積み上げ、自ら「マスク効果」と呼ぶ暗号資産市場への影響を調べていた。自己紹介の書き換えは、やがて47件の事例を扱う査読論文の一データ点となり、2023年にTechnological Forecasting and Social Change誌に掲載された。

見出しではなく標本を作る

アンテは、マスクのツイートを「Bitcoin」「BTC」「Doge」「Ether」といった語でキーワード検索するところから始め、42件を得た。検索が拾い損ねた投稿を手作業で洗い出すとさらに19件が加わった。マスクの暗号資産関連の言動を報じた記事も調べ、最初の二段階では拾えなかったツイートを6件見つけた。合計は67件で、およそ三分の二がドージコイン、三割がビットコイン、残りがイーサリアムまたは暗号資産全般に関するものだった。

同じ話題について6時間以内に連続して投稿されたツイートは1つの事例へまとめた。市場が反応するのは個々の投稿ではなく、ひとまとまりの投稿群だという判断からである。この処理で67件は50件の事例に集約された。暗号資産全般にしか触れていない事例は追跡すべき個別の通貨がないため除外し、最初のドージコイン関連事例は高解像度の価格データが得られず除外した。合わせて3件を除いた最終的な標本は、2019年4月から2021年7月までの47件、ドージコイン32件・ビットコイン14件・イーサリアム1件となった。それぞれの事例について、取引所Binanceから分単位の価格と出来高を取得し、実際に観測された値動きと、ツイートがなかった場合に見込まれた値動きの差を測る。この差が「異常収益率」であり、単発の出来事が市場に与えた影響を切り出すのが、イベントスタディと呼ばれる統計手法である。

市場は動いた、ただしドージコインが中心だった

47件全体で見ると、効果は即座に現れた。投稿された分の異常収益率は1.46%(有意水準1% で有意)で、83% の事例が正の異常収益率を示した。累積異常収益率は1時間後にピークの4.79% まで上がり、2時間後には3.54% まで落ち着いた。異常取引高は測定したすべての観測時間帯・両方の通貨で有意に増加し、最初の10分間だけを見ても81〜91% の事例で正の値を示した。

この平均を通貨別に分けると、まったく違う二つの姿が見える。ドージコインの32件がこの効果の中心を担っており、投稿された分の異常収益率は2.16%、その次の1分でさらに2.16%、1時間以内の累積異常収益率は最大6.33% に達した。一方、ビットコインの14件はこの効果をほとんど示さなかった。投稿された分の異常収益率は平均するとむしろわずかに負の値で、累積が最も強かった2時間後の窓でも1.66% にとどまり、統計的な有意性には遠く及ばない。アンテ自身の言葉を借りれば、ビットコインの部分標本では「有意な効果は確認できない」。

全47件ドージコイン(32件)ビットコイン(14件)
投稿された分の異常収益率+1.46%+2.16%−0.05%、有意でない
累積異常収益率のピーク+4.79%(1時間)+6.33%(1時間)+1.66%(2時間)、有意でない
正の異常収益率となった事例の割合(1時間の窓)72%84%43%

ビットコインだけ効果が相殺される理由

論文が示唆する有力な理由は、規模ではなく論調である。暗号資産の専門家3人がそれぞれ独立に、ビットコイン関連の14件を「肯定的」「否定的」「中立」に評価し、3人のうち少なくとも2人が一致した判定を採用したところ、10件が非否定的とされた。この10件だけを取り出すと、弱いながらも有意な正の累積異常収益率が見られ、1時間で2.6%、2時間で3.7% に達する。残る4件の否定的なツイートはこれと逆方向に働いた。中でも、価格急落のさなかに「テスラは売らない」という意味を込めて「ダイヤモンドハンズ」だとツイートした1件は、2時間の累積異常収益率が16.9% に達している。その後、テスラがエネルギー問題を理由にビットコイン決済を停止すると発表したツイートは、ほぼ鏡写しの11.9% の下落を記録した。14件という一つの部分標本に平均すると、16.9% の上振れと11.9% の下振れが打ち消し合い、何も起きなかったかのような数字に収まってしまう。

ビットコイン関連ツイート(論調別)件数2時間の累積異常収益率
非否定的(集計)10+3.7%
最も上振れした1件(「ダイヤモンドハンズ」宣言)10件のうち1件+16.9%
最も下振れした1件(テスラのビットコイン決済停止)否定的4件のうち1件−11.9%

自己紹介の書き換え自体はどこに位置するか

自己紹介の書き換えは、アンテのデータセットでは同じ日の「振り返ってみれば、必然だった」というツイートと一組で記録されている。その後1時間の累積異常収益率は13.6% だった。有意水準10% というぎりぎりの基準でしか有意でなく、2時間では14.3% まで伸びるものの、その時点ではもう有意性を失っている。これはビットコインの部分標本全体で見ても際立って大きい数字の一つである。それでいて、平均すれば有意な効果が検出できないそのビットコインの14件のグループの内側に含まれている。両方の数字はどちらも正しく、しかも同じことを主張していない。

このアーカイブのイーロン・マスクの人物紹介は、マスクが実際にビットコインに対して行ったことを既に記録している。テスラを通じて15億ドル分を購入し、一時は車両の支払いに使えるようにし、その後エネルギー問題を理由に方針を転換したことだ。今回の論文が測っているのは、それとは種類の違う影響力、つまりツイート一つ、自己紹介欄一つで価格を動かす力を、投稿後数時間の範囲で捉えたものである。このアーカイブがサトシ候補として検討し退けているマスク説と並べると、対比がはっきりする。暗号技術とコードからプロトコルを組み上げるには、サトシは無報酬・匿名のまま何年もかけた。この論文が実際に測定したのは、投稿後の数時間だけである。それだけの動きに、マスクは八文字と、もともと持っていた6,900万人を超えるフォロワーで足りた。

この論文を読んで頭から離れないのは、二つの数字がどちらも同じビットコインについて本当のことを言っているという点だ。1時間の累積異常収益率13.6% というのは、自己紹介書き換えという一つの出来事で実際に起きた数字である。「有意な効果はない」というのは、ビットコインに関する事例14件を平均したときに残る数字である。1,110億ドルという速報の数字も、査読済みの表に並ぶこの有意でない結果も、どちらも嘘は言っていない。ただ見ているものが違うだけであり、次に誰かが自己紹介欄の八文字を書き換えたとき、もう一度確かめても崩れずに残るのは、後者のほうだろう。

原典の外部ソース

https://www.blockchainresearchlab.org/wp-content/uploads/2020/05/BRL-Working-Paper-No-16-How-Elon-Musks-Twitter-activity-moves-cryptocurrency-markets-v2.pdf
本エントリーは一般公開されている改訂版ワーキングペーパー(2022年1月12日改訂)を出典として引用する。同じ47件の事例、同じ主要な数値は、下記の査読掲載版(出版社のペイウォールの内側にある)にも記載されている。

他の外部ソース