ビットコイン・インスティテュート

サトシの​最後の​既知の​メール — ハーンへの​別れ、​アンドレセンへの​アラートキー移譲

定義: 別れの対 (2)

二通の封筒と、光る鍵を手渡し合う二人のシルエット、背景にかすかなネットワークノードが浮かぶイラスト。

3日間隔で送られた2通のメールを最後に、サトシ・ナカモトの確認済みの私的な通信記録は途切れる。最初の一通はプロジェクトがギャビンに託されたと告げ、二通目でサトシはネットワークのアラートキーを移譲し、自分はおそらく連絡が取れなくなると書いた。

2011年4月23日 — マイク・ハーン宛

サトシは、2009年4月からメールを交わしていたGoogleエンジニアのマイク・ハーンにこう書いた。

サトシ・ナカモトのメール(2011年4月23日15:40 UTC)

「他のことに取り組むことにした。ギャビンたちに任せれば、安心だ」

ハーンのBitcoinJプロジェクトが代替クライアントとして開発され続けることへの期待も述べた。ハーンは後に2017年8月にこの往復書簡の全文を公開した。

2011年4月26日 — ギャビン・アンドレセン宛

3日後、サトシはギャビン・アンドレセンに宛てて、確認されている限り最後となるメールを送った。件名は「alert key」。

サトシ・ナカモトのメール(2011年4月26日10:29 UTC)

「私のことを謎めいた影の人物として話し続けるのはやめてほしい。メディアはそれを海賊通貨という切り口に変えてしまう。代わりにオープンソースプロジェクトとして取り上げ、開発に貢献しているメンバーにもっと功績を認めてほしい。それが彼らのモチベーションになる」

続けて離脱を告げた。

「他のことに取り組むことにした。おそらく連絡が取れなくなる」

最後に、ネットワークアラートキー(すべてのビットコインクライアントに緊急メッセージを配信するための重要なツール)を移譲し、プロジェクトの引き継ぎの最後の要素を完了させた。

アンドレセンは返信でアラートキーを受諾し、In-Q-Telの招きでCIAの会議でビットコインのプレゼンテーションを行うことを明かした。サトシが返信することはなかった。以降、サトシからの確認済みの通信は記録されていない。アンドレセン自身は何年も後、サトシとの日々を振り返る2016年の回顧録の中で、この引き継ぎを自らの言葉で語り直している。

のちの読みは、この別れの対を記録上の終端としている。 ジェネシスブロック(『タイムズ』見出しによる開幕と対をなす閉幕)、 同定非対称性分析(これらのメール以降の沈黙)、 サトシ設計対現状分析(サトシ以降の時代が始まる暦上の境界としての2011年4月26日)、2011年11月20日ビットコインv0.5 Crypto++ 依存除去(後継開発者たちが暗号学的中核に手を触れるまでの七ヶ月)、 デジタルゴールド構造的特徴分析(資産の性質としての創設者の退場)がそれである。

ミシェル・バウエンスの2025年の回想は、2014年ごろにサトシから私的に「ドリアン・ナカモトではない」という連絡を受けたと語るが、対応するメール自体はアーカイブに収録されておらず(公開された写しが存在しない)、ここでの「確認済みの通信」という記述を覆すものではない。

ここでいう「最後」は、かつて存在したかもしれないすべてのメールについての断定ではなく、残っている記録の性質である。確認できるのは、もっと狭く、しかし強い事実だ。最後の既知の往復には、公の説明から身を引くことと、ネットワークのアラートキーを手渡すことが同時に記録されている。引き継ぎが終わった場所から、沈黙が始まる。