「Blockstream がビットコインを支配している」。ブロックサイズ戦争が残した批判のなかで、この一文がいちばん長く生き延びている。Bitcoin Core の開発者を多く抱えるその一社が、自社の売るセカンドレイヤーを欠かせないものにするために、基盤層をわざと不便なまま据え置いた、という。中心を持たないはずのものを、一社が握った。
最初にこの一文を口にしたのは、Blockstream を憎む誰かではなかった。プロジェクトを去っていく開発者、マイク・ハーンだった。
「新しい分散型の通貨として、『システム上重要な機関』も『大きすぎて潰せない』もない存在になるはずだったものが、それよりも悪い何か――ほんの一握りの人間に完全に支配されるシステム――になってしまった」
— マイク・ハーン、「ビットコイン実験の決着」 (2016 年 1 月 14 日)
ハーンが名指したのは「一握りの人間」であって、一つの会社ではない。だが世間に残ったのは、会社の名のついたほうだった。一握りの人間が、いつのまにか一つの社名に置き換わっている。確かめるべきは、まずそこだ。
1. ハイジャック説
この告発をもっとも丁寧に組み立てたのは、ロジャー・ヴァーの 2024 年の著書『Hijacking Bitcoin』である。小ブロック側に立つジョナサン・ビアの『The Blocksize War』 (2021) に正面から反論した、拡大派の一冊だ。その主張は、ひとつながりの因果になっている。
ヴァーによれば、小ブロック派はセカンドレイヤーで稼ぐために Blockstream を設立し、基盤層は据え置くべきだと唱えて、そのセカンドレイヤーを欠かせないものにした。さらに踏み込めば、Bitcoin Core とどこかの政府、そして Blockstream が手を組み、ネットワークをわざと止めるために 1 MB の上限を保ちつづけた、ということになる。ひと続きの因果だから、つなぎ目をひとつずつ確かめられる。
2. 記録が裏づける部分
最初の三つのつなぎ目は、記録に裏づけられている。
| 環 | 記録が示すこと |
|---|---|
| 雇用の重なり | Blockstream は 2014 年 11 月、Bitcoin Core の開発者たち(グレゴリー・マクスウェル、ピーター・ウィーユ、マット・コラロ、ホルヘ・ティモン、マーク・フリーデンバッハ)によって設立され、アダム・バックが最高経営責任者に就いた。その後も複数の Core 貢献者を雇い入れている。Blockstream から給与を受け取る人と Core のコミッターが重なっていたのは事実だ。 |
| ソフトフォークという選択 | Core はハードフォークによるブロックサイズの引き上げを退け、代わりに SegWit (BIP 141)(ウィーユが共同執筆)を 2017 年にソフトフォークとして導入した。基盤層のブロック上限は、拡大派が望んだ形では引き上げられなかった。容量は、署名データを軽く数える仕組みによって増やされた。 |
| 実在するセカンドレイヤー事業 | Blockstream は実際にセカンドレイヤー製品を売っている。取引所やトレーダー向けの連合型サイドチェーン Liquid(2018 年開始)だ。セカンドレイヤーの決済で利益を得る動機が同社にあるのは確かである。 |
前提がでっち上げられているわけではない。土台の事実は動かない。崩れるのはその先、動かない事実から「だから乗っ取りだ」へ移るところだ。
3. 記録が裏づけない部分
この因果は、「利害が重なっている」が「わざと壊した」に変わるところで切れる。切れるのは三か所だ。
ライトニングは Blockstream のものではない。 告発は、基盤層を混ませて利用者を Blockstream の有料のレイヤーへ追い込む、という筋書きに支えられている。だが、そのライトニングが Blockstream のものではない。2015 年の論文でジョセフ・プーンとサディアス・ドリヤが提案したもので、二人とも Blockstream とは関係がない。実装は三つある。LND(Lightning Labs、最も広く使われている)、Core Lightning(Blockstream)、Eclair(ACINQ)。Blockstream が保守しているのはそのうちの一つで、自社が発明したわけでも、利用料を取れるわけでもない。同社が実際に売っているのは Liquid、取引所向けの目立たないサイドチェーンで、ふつうの送金から料金を取る関所ではない。
小ブロックを支持する技術的な主張は、Blockstream より古い。 1 MB の上限を入れたのはサトシ自身で、2010 年、迷惑投稿への対策だった。Blockstream が生まれる四年前のことである。上限を上げることへの慎重論(ノードを動かす負担、ブロックが伝わる遅さ、ブロックを大きくしたときの採掘の偏り)は、Blockstream と縁のない開発者たちが以前から唱え、いまも開発者の多数派が共有している。保守の姿勢を一社の給与で説明したいなら、その会社が一度も雇っていない開発者まで同じ姿勢でいる理由を、別に用意しなければならない。
Blockstream は Core の大半を占めたことが一度もない。 Core の貢献者はこれまでに数百人を数える。Blockstream が抱えていたのは、2015 年から 2016 年の最盛期でも数人だ。2020 年代半ばには、同社の公開記録で Core の開発者は一人ほどになっている。資金の出どころも、狭まるどころか、2017 年以降に大きく広がった。
いま Core を支えているのは、Blockstream を含めておよそ十三の団体だ。Chaincode Labs、MIT DCI、Spiral、Brink、OpenSats、Human Rights Foundation、Btrust など。告発が名指してきた当人たちも、それぞれ別の場所へ移った。共同設立者のマット・コラロは 2019 年に Spiral の最初の社員になり、ウィーユは Chaincode Labs へ移っている。一社に集まっていた人材は、別々に資金を持つ組織へ散った。「Blockstream がビットコインを支配している」が 2016 年に指していたものは、年ごとに小さくなっている。
4. 「商売で言っている」は、誰にでも言える
告発の柱は、§3 で切れた事実の鎖だけではない。もう一本、Blockstream の技術的な主張を「商売のために言っているだけだ」と見なす動機論がある。事実ではなく動機を問う柱なので、ここは別に見る。
その「技術論など商売で言っているだけだ」という切り方は、振るう当人に同じ強さで返ってくる。ジハン・ウーの Bitmain は、オンチェーンの取引が増えることに、ハッシュレートと採掘機材で利害を持っていた。ロジャー・ヴァーの bitcoin.com は、自ら「本物のビットコイン」と呼んだ大ブロックのチェーンに、ブランドと集客で利害を持っていた。利害が相手の技術論を消せるのなら、告発する側の技術論も、同じ理屈で消える。この物差しを最後まで当てれば、残る主張は一つもない。
だから利害の指摘は、動機を疑う入口にはなっても、「わざと壊した」の証拠にはならない。告発はここでも、崩れた事実の代わりに動機論へ寄りかかる。そしてその動機論は、名指した相手と同じだけ、名指した本人にも当たる。痛み分けの中立ではない。告発がもたれかかる柱が、もう一本折れる。
5. 記録から下せる判定
問いを二つに分けると、答えも分かれる。
商業的な利害が、Core の開発のすぐ近くにあったか。あった。記録もそれを隠していない。Blockstream は Core の開発者が設立し、セカンドレイヤーの事業を持ち、論争の山場では、一つの給与名簿に異例なほど多くのベテラン開発者を抱えていた。中央に資金源を持たない仕組みの、その基準実装に、一つの会社が近づきすぎてはいないか。この懸念は、根拠のないものではなかった。
では、Blockstream がビットコインを支配したのか。利益のために基盤層をわざと使えなくしたのか。そこは記録が裏づけない。この筋書きが立つには、ライトニングが Blockstream の関所であり(実際は実装が三つある公開プロトコルだ)、小ブロックの主張が一社だけのものであり(実際は会社より古く、外でも広く共有されている)、Blockstream が Core の大半を占めていなければならない(実際は最盛期でも数人、いまは一人ほど、十三ほどの団体の一つにすぎない)。強い告発が頼る根拠は、どれも記録に崩される。
たどり着く先はフォーク戦争の考察 §6 と同じで、本記事はその考察が判断を残した部分を引き取る。雇用が重なっていたのは事実、乗っ取りという主張は記録が裏づけない。そして、告発がうっすら指していた本当の懸念、つまり保守する人がごく少数で、資金の出どころがかつて偏っていたことは、もっと地に足のついた、もっと小さな事実だ。しかも戦争のあと、どの時点よりも薄れている。だから「ビットコインは Blockstream に支配されている」は、当たらない。当たるのはもっと静かな一文だ。基準実装を一つだけ置く仕組みは、影響力を小さな輪に集めやすい。だから、誰が資金を出し、誰が輪の内側にいるかを見ておく。証拠が支えるのは、こちらの一文のほうだ。