
2016年1月14日、サトシ・ナカモトと直接メールを交わした最初期のビットコイン貢献者の一人であるマイク・ハーンが、個人ブログ(blog.plan99.net、Medium上にホスト)に「ビットコイン実験の決着」と題する長文のブログ記事を公開した。
記事の中で、ハーンはこう宣言した。
マイク・ハーン「ビットコインは失敗した」
保有するビットコインをすべて売却し、プロジェクトから完全に離脱することを表明した。当時のビットコイン価格は約400ドルだった。
なぜ失敗したのか、ハーンの診断は手厳しかった:
マイク・ハーン「新しい分散型の通貨として、『システム上重要な機関』も『大きすぎて潰せない』もない存在になるはずだったものが、それよりも悪い何か――ほんの一握りの人間に完全に支配されるシステム――になってしまった」
ハーンは、「はるか以前に一時的なやっつけ仕事として設置された1メガバイトという完全に人為的な容量制限が撤廃されていない」と主張し、ブロックサイズの引き上げに失敗したことでビットコインのスケーリングが不可能になったと論じた。
スケーリングについて、ハーンは初期の帯域幅に関する懸念へのサトシの回答を引用した。
サトシ・ナカモト「帯域幅は、あなたが思うほど制約にならないかもしれない。…ネットワークが(Visaと同じ規模に)達するまでには数年かかるだろうし、その頃にはHD映画2本分をインターネットで送ることは大したことではないだろう」
さらにサトシがハーンに直接語った言葉として、ビットコインは「スケーリングの天井に実質ぶつかることはない」と述べていたことにも言及した。
リーダーシップの引き継ぎについて、ハーンはサトシの離脱が計画外のガバナンスの空白を残したと述べた。同じ退場は、2011年4月のサトシからハーン宛のメール(「他のことに取り組むことにした。ギャビンたちに任せれば、安心だ」)として、受け取った側からも記録されている。
マイク・ハーン「サトシが去ったとき、彼は現在Bitcoin Coreと呼んでいるプログラムの手綱を、初期の貢献者の一人であるギャビン・アンドレセンに引き渡した」
ギャビンの判断力を称賛し、ハーン自身がGoogleを辞めてビットコインにフルタイムで取り組む決断をした理由の一つだったと述べた上で、こう付け加えた。
マイク・ハーン「ただ一つ小さな問題があった。サトシはギャビンに、その仕事を引き受けたいかどうか実際には尋ねておらず、事実、一度も尋ねなかったのだ」
「そこでギャビンが最初にやったのは、他の4人の開発者にもコードへのアクセス権を与えることだった。彼らは、何かあってもプロジェクトがすぐに継続できるよう、急いで選ばれた。要するに、その時たまたまいて、役に立つことをしていた人間たちだった」
Bitcoin XT
この記事の前に、ハーンはBitcoin XTという代替ビットコインクライアントを開発していた。ブロックサイズを1 MBから初期8 MBに拡大し、2年ごとに倍増させて最終的に8 GBまで到達させる提案だった。このプロジェクトは十分な支持を得ることができず、ハーンはこれをガバナンスモデルの破綻の証拠として挙げた。
その後
ブログ記事は即座にメディアの嵐を引き起こした。ビットコイン価格は一時的に下落し、この記事はビットコインのガバナンスに対する批判として広く引用されるようになった。
ハーンはその後、ブロックチェーンコンソーシアムR3に参加し、エンタープライズ向け分散台帳プラットフォームCordaの開発を共同主導した。9年後、サトシの人物像とビットコインの社会的失敗について同じ離脱を振り返るCoinGeekのインタビューに応じている。
歴史的な皮肉として、ハーンの離脱後にビットコイン価格は劇的に上昇した。2017年12月には約2万ドルに達し、最終的には6万ドルを超えた。Segregated Witness(SegWit)やLightning Networkといった技術がスケーリングの課題に対する別のアプローチとして導入された。
ハーンは2018年のReddit(r/btc)でのAMAで、ビットコインキャッシュコミュニティに対し「サトシが描いた道に従うだけでなく、急進的で、異端的ですらある考えを自由に持つべきだ」と述べた。
Bitcoin XT公開エントリーは、ハーン離脱の直近の経緯として、XTを生み、やがて崩壊させたブロックサイズ論争を扱っている。Core再ブランディング権威効果分析とフォーク戦争はオープンソースの話ではない分析は、サトシからギャビン・アンドレセンへの引き継ぎについてのハーンの記述を引いている。フォーク・アルトコイン家系図分析と2015〜2017年のブロックサイズ戦争の概観記事は、本エッセイを、のちに2017年のビットコインキャッシュ分裂を生んだブロックサイズ戦争の年表に載せている。サトシ設計対現状分析は、本エッセイをサトシの設計からの乖離が始まった分岐点の一つとして挙げている。













