ハル・フィニーの RPOW がビットコインの先駆けとして没後に再評価される

ハル・フィニーの再利用可能プルーフ・オブ・ワーク(RPOW)システムは、2004年8月15日に初めて発表され、ビットコインの直接の先駆けとして、没後ますます評価が高まっている。2014年8月にフィニーが ALS で亡くなってから 5年、暗号技術コミュニティはデジタル通貨システムの系譜における RPOW の重要性をますます認識するようになった。

RPOW は、ユーザーがプルーフ・オブ・ワークトークンを交換できるプロトタイプシステムであった。アダム・バックの Hashcash などの以前のプルーフ・オブ・ワーク提案とは異なり、RPOW トークンは再利用可能であった。つまり、計算作業を通じて一度作成されると、送金のたびに新たなプルーフ・オブ・ワーク計算を必要とせずに、人から人へ転送することができた。システムはトラステッド・コンピューティング(IBM 4758 セキュア暗号コプロセッサー)を使用して、サーバーがトークンを偽造したり複製したりできないことを保証した。

フィニーは、ニック・サボのビットゴールド提案とアダム・バックの Hashcash のアイデアに基づき、デジタル通貨の一形態を作ることを明確な目的として RPOW を構築した。RPOW は中央サーバーに依存していた点でビットコインの分散型設計とは異なるが、プルーフ・オブ・ワークを転送可能なデジタルトークンの基盤として使用するという核心的な洞察は、ビットコインのアプローチを直接先取りしていた。

サトシ・ナカモト研究所は、デジタル通貨開発の歴史的記録の一部として RPOW を保存し、文書化した。フィニー自身は 2013年の BitcoinTalk の有名な投稿「ビットコインと私」でこのつながりについて書いており、「私自身もプルーフ・オブ・ワークに基づく通貨、RPOW の作成を試みたことがある。だからビットコインは魅力的だと思った」と述べている。

フィニーの貢献は二つある。ビットコインの先駆けとなる RPOW を開発したこと、そしてサトシ以外で最初にビットコインを稼働させ、ブロックをマイニングし、ビットコイン取引を受け取ったとされる人物であることだ。