ラズロ・ハニエツが回想する macOS 移植期のサトシとのメール(2010 年 4 月)

フロリダ州ジャクソンビル出身のソフトウェア開発者であるラズロ・ハニエツは、ビットコインの最も重要な初期貢献者の一人となった。2010 年 4 月 19 日に Bitcoin Core 初の macOS クライアントを作成する直前に、Bitcointalk フォーラムに登録した。

ハニエツの後年のインタビューによれば、彼とサトシ・ナカモトはビットコインの初期に数百通のメールを交わした — ハニエツの語るところでは、それらはサトシが個人と行った最も広範なメールでのやり取りの一つだった。ハニエツは後にそのやり取りを「大体変だった」 と表現し、サトシは何週間もメールに返信せず、その後すべてを一度に、しばしば金曜日にまとめて返信したと述べている。

ハニエツがインタビューで回想したところによると、サトシは頻繁に開発の依頼をメールで送ってきており、口調は簡潔で「このバグ直してくれない?」「ウエストサイドが落ちてるんだけど」「こういうバグがあるんだけど — これ修正しないといけないんだよね」 といったメッセージだったという。これらの引用語句はハニエツが思い出した語感と内容であって、メール原文の文言は公開記録には残っていない。

ハニエツはサトシのコミュニケーションスタイルを「パラノイア的だった」「ボスっぽかった」「ちょっと変だった」 と表現したが、macOS 移植や GPU マイニングの初期実験を含む重要な開発作業をプロジェクトに貢献し続けた。

原文ソース

https://bitcoinmagazine.com/culture/the-man-behind-bitcoin-pizza-day-is-more-than-a-meme-hes-a-mining-pioneer
Bitcoin Magazine、CoinDesk、およびその他のメディアで公開されたラズロ・ハニエツのインタビューに基づく。ハニエツとサトシ間の完全なメールは公開されていないが、ハニエツはインタビューで多数の引用と詳細を共有している